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Mise an doras. わたしは門である。


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 アイルランド語訳聖書からAn Biobla Naofa)。
Soiscéal Naofa Íosa Críost de réir Eoin 10.9-10

9 Mise an doras.
Más tríomsa a rachaidh duine isteach, slánófar é.
Rachaidh sé isteach is rachaidh sé amach
agus gheobhaidh sé féarach.

10 Ní thagann an bithiúnach ach chun bheith

ag goid, ag marú agus ag milleadh.

Tháinig mise chun go mbeadh an bheatha acu
agus go mbeadh sí acu go fial.

 

 日本語訳聖書から(新共同訳)。
ヨハネ 10.9-10

9 わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。

10 盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。

 

 聖ヨハネ(Eoin)が伝えるイエズス・キリスト(Íosa Críost)の言葉では、自身を「(羊の)門」(an doras [doras na gcaorach])と言う。人々は羊(na caoirigh)である。神と民との関係は聖書ではよく羊飼い(aoire na gcaorach)と羊の関係に喩えられる詩篇23参照)。

 が、この箇所の比喩は、羊を安全な囲いに導く門が自分であると言っている。一旦入ったならば、羊は牧草を見つける。このように羊が命を豊かに受けるために自分が来たということから、この門は、羊飼いに守られた世界(囲い)への入り口ということになる。

 「門から入る者が羊飼い」(ヨハネ 10.2)であり、その羊飼いは囲いの中で羊に声をかけ、導いてゆく。「羊はその声を聞き分け」、羊飼いに「ついて行く」(ヨハネ 10.3-4)。上記引用箇所のすぐあとでは、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」(ヨハネ 10.11)と明言される。即ち、イエズスは門にして羊飼いなのである。

 復活祭第四主日は「良い牧者の主日」とも呼ばれる。その日に読まれる福音(soiscéal)の一部が上記の箇所である。

 アイルランド語で読むと、「わたしは門である。」(Mise an doras.)は強烈である。ショーン・オ・リアダの出世作 Mise Éire を想いだす人もあろうし、かの盲目詩人ラフトゥリーの「われはラフトゥリー」(Mise Rafturaí)を想いだす人もあろう。わたし(mise)が文頭に来ることでパンチがある。「である」(is 〔イス、アイルランド語のコピュラ、繋辞〕)が省略されているから、直訳すれば「わたしは門」ということになる。

 このあたりの表現の妙については、往年のアイルランド語学習者ならお持ちであろう 『ゲール語四週間』(大学書林)の138-143頁あたりに詳しく書いてある。あの本は埃をかぶらせるには惜しい、詩的表現の解説が含まれている。

 なお、ギリシア語原文では「である」(ειµι)の語はある。ふつうのヨーロッパ近代語訳ではコピュラ(繋辞)は用いるであろう(17世紀の英語を用いた欽定訳では 'I am the door' と何の変哲もない)。アイルランド語訳にそれがないのは、ヘブライ語構文を想わせる力強さの源になっている。

 ぼくが最も好きなヨーロッパ近代語訳(La Bible de Jérusalem)でも、残念ながら 'Je suis la porte.' と、やはり何の変哲もない。「わたし」と「門」の二つの要素はどうしてもこの文に入れざるを得ないが、それを繋ぐ言葉がカットできるかどうかは、この場合大きい。もともと繋辞がないヘブライ語や、しばしば省略されるアイルランド語、それにある種の俳句的表現(体言止めなど)が力を発する所以である。

 おっと、一つ忘れていました。「ヤー・チャイカ(Я чайка)」(わたしはカモメ)と言います。ロシア語でも OK ですね。宇宙飛行中のテレシコワさんのコール・サイン「カモメ」を使った会話を「こちらカモメ」とせず「わたしはカモメ」と訳した人のセンスに乾杯! それから、ぼくは詳しくないのですが、手話でも繋辞を使わないそうです。

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