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「我はラフトゥリー」のゆえに


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カハル・オー・ガルホール、三橋敦子『ゲール語四週間―アイルランド(大学書林、1983)

 

 アイルランド語の独習書。1983年に刊行された。(「序」の日付は1980年12月6日。)題名の「ゲール語」とはアイルランドゲール語のこと、つまり、アイルランド語のことである。

  その後の言語理論の発展を考えれば、いま、本書でもってアイルランド語を独習する意味はほとんどないであろう。母音や子音の発音、動詞、およびゲール文学の息吹にふれつつアイルランド語の雰囲気を感じたいと願うひとをのぞけば。(名詞に関しては属格の説明が欠落しているので、実用上は本書で文法を知るのは無理である。本当にアイルランド語をマスターしたいなら、研究社から出ている『アイルランド語文法』を用いるのが最善だろう。)

 

ただし、本書には、「我はラフトゥリー」がのっている。これだけで、本書は読む価値があるといってもいいくらいだ。第2週の第5日という、比較的はやい時期に文例として登場する。独習書の最初の文例が詩であるというのは、まことにアイルランド語にふさわしい。

 あまり、目に触れる機会もないだろうから、第1連を引用しておく。

Mise Rafturaí

       Antoine Ó Rafturaí

Mise Rafturaí an file
lán dóchais is grá,
le súile gan solas
le ciúneas gan crá;

 

我はラフトゥリー

われは歌人ラフトゥリー
希望と愛とに満ち
眼には光なけれど
心安らけく悩みなし

 言うまでもなく、アイルランドでは小学生でもこの詩を暗誦している。本書でも「この詩は何度も読んで暗記しましょう。」と書いてある。暗記すれば、一生の宝になるであろう。

 盲目の詩人、ラフトゥリーの詩は、いまもアイルランドの宝として、大事にされ、尊敬されている。200年も前の詩がどうして現代に受継がれているのか。そのわけの一端を愛情をこめて我々に知らせてくれる本書の意義は小さくない。なお、ラフトゥリー(ラフタリー)の表記には Raiftearaí もある。英語だと Anthony Raftery.

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[source]

Austin Clarke Poetry Irish culture and customs - World Cultures European


 このほかにも、アイルランド文学の観点からは興味深い文例がいくつかのっている。なかには、おそらく本書でしか読めないダグラス・ハイド直筆の文章などもある。イェーツやシングやジョイスのゲール的側面に関心があるひとは、手に取る価値がある。