名探偵なんてフィクションでしかない
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〈探偵の探偵〉という部署を探偵業会社に作らせた異色の探偵、紗崎玲奈。その助手だった峰森琴葉が拘置所内の連続怪死事件の容疑者とされる。この黒幕は精神科医にして探偵の姥妙悠児であるらしい。魂の抜け殻のような紗崎玲奈はこの巨大な敵に対して覚醒するのか。
琴葉に裏切られ虚ろな日々を送っていた玲奈がどうやって覚醒するか、が「探偵の探偵」四部作のフィナーレである本作の最大の焦点。
事件の展開はいつもの通り、スリリングでサスペンスに満ち、合法と適法すれすれのマル秘探偵テクニックがつぎつぎに開陳され、読者はハラハラしながらページを繰ることになる。前3作と比べて暴力的なグロい場面は比較的少なく、知力の戦いの面が多い。その中で浮かび上がるのが、〈名探偵なんてフィクションでしかない〉という強烈なテーゼだ。
紗崎玲奈はこう断言する。
精神科医なんて職業、名探偵と同じでフィクションでしかない。症名もただのこじつけ。異常心理の原因は究明できず、完治なんか無理だけど、できるふりをするのが仕事。患者は薬漬け、永遠に依存させる金蔓
これは精神科医と探偵を結合しようとする姥妙悠児の野望を打砕く発言なのだが、この考えに至る背景を、玲奈は次のように説明する。元上司の須磨とのやりとりの箇所。
「探偵は事件を解決しない。その意味がわかったんです」
「そうなのか」
「ええ」玲奈は応じた。人が死んでからの謎解きなど無意味だ。ゆえに現実の世界にそんな探偵はいない。探偵は民事を専門とする。問題が刑事の範疇まで膨張する前に手を打つ。警察は民事不介入、事件が起きなければなにもできない。探偵は事件が起きぬよう、未然に防ぐ。それでこそ探偵だった。
妹を違法な探偵に殺された玲奈ならではの考えだが、探偵の役割についての真理を射抜く鋭さがある。こういう探偵観があって、〈人が死んでからの謎解きなどという名探偵はフィクション〉と言い切るのだ。瞠目すべき見解だ。
紗崎玲奈と峰森琴葉との間にできた決定的な溝を乗越える視点も、須磨とのやりとりの中で生まれる。
「紗崎」須磨の声が耳もとで語りかけた。「他人とのあいだに生じる信頼や情けは、失われた家族愛の代わりでしかないのか 」
「わたしにとってはそう 」
「ちがう。親や兄弟姉妹との絆こそ、のちに他人と結びつくための事前演習なんだ」
心臓がいちど警鐘のように高く動悸を打った。昂揚する気分が生じる片隅で、情動はふしぎと鎮まっていく。
須磨の声はつづいた。 「家族はいずれ失われ、孤独になる日がくる。それまでに正しく通いあう心を知ればこそ、本当に求めあえる他人を見つけだせる」
こうして紗崎玲奈と峰森琴葉は元の職場に再び机を並べる。なんだか話が終わりそうだが、最後に〈「探偵の探偵」新章にご期待ください〉と書いてあるのがうれしい。