芥川龍之介「沼地」
芥川龍之介の短篇。発表は1919年。一緒に発表された「蜜柑」のほうが有名かもしれない。比べてこの「沼地」はあまり好評をきかない。でも、ある種の傑作だと思う。
この作品に入れ込んだと思われる特設ページがある。Marcel Duchamp の「薬局」を飾った独特の雰囲気あるページである。そこで読むと、作品の中に入れる心地がする。
「蓊鬱たる草木を描きながら、一刷毛も緑の色を使つてゐない」油絵の話である。色は「どこを見ても濁つた黄色である。まるで濡れた壁土のやうな、重苦しい黄色である。」
その色の具合もさることながら、「前景の土」の描写がよい。「そこを踏む時の足の心もちまでもまざまざと感じさせる程、それ程的確に描いてあつた。踏むとぶすりと音をさせて踝が隱れるやうな、滑な淤泥の心もちである」とかく。
この淤泥はひとによりマイナスのイメジしか受けないであろうが、芸術家によってはここから何かプラスのものを汲出すひとが確かに存在する。沼地のふしぎな生を描く梨木香歩とか、光を含んだ泥を描くミルチャ・エリアーデとか。あるいはアイルランドのボグ(沼地)のポエジーをうたうシェーマス・ヒーニとか。
そういう観点から沼地というものに関心のあるひとには一読の価値がある。