谷川 俊太郎『二十億光年の孤独』(集英社文庫、2008) Two Billion Light-Years of Solitude
「梅雨」における母音韻(assonance)のものすごさ。かと思えばアソナンスを切りアリタレーション(頭韻)かなにかがぶつけてある、その衝撃。その直後にはコンソナンス(子音韻)の重し。最後にアソナンスに帰還する。電子や陽子の加速実験というのがあるが、素粒子にあたるのが個々の音であり言葉であることが、この光速加速装置のような詩集から立ちのぼる匂いにより感ぜられる。
これが谷川俊太郎の第一詩集(1952)の初文庫化とはおそれいる。1931年生れの詩人が十七歳終わりから十九歳半ばくらいに書いた詩作ノートから50篇の詩を集めてある。みずみずしいというより、言葉が放つ磁力や個々の音が帯びる電荷に、びりびりくる感じだ。
ちなみに、装幀は抜群だ。表紙をもったときの紙の手ざわり、うしろからめくったときの洋書のような雰囲気。そうそう、言いわすれていたが、巻末に英訳が附いている。この英訳はなかなかのものだ(訳者は William I. Elliott と川村和夫)。特に三好達治の序文の英訳がすごい。それから、なにより詩の配置のしかた。
それだけではない。詩集のあとに谷川俊太郎本人による自註が附いている。「私はこのように詩をつくる」(詩「ネロ」の詩作過程について大変参考になる)を始めとする文章もいろいろ附いている。そのあとに山田馨による解説がある。これで終わりかと思えば、そのあとになんと自筆ノートのファクシミリ(写真複製)が附いている! そして、最後にこれでもかというように、先に述べた英訳までが附いているのだ。
これは文庫というつつましやかな顔をしていながら、一歩中に入ると谷川俊太郎の世界がどこまでも広がる途方もない本だ。
ひかえめに言っても、日本のある現代詩人の誕生をとらえた貴重な詩集だ。古い詩と新しい詩の分水嶺になるような詩集だ。
「現代のお三時」はアメリカ現代詩の傑作、レトキの「悲しみ」 'Dolor' (1943)を想起させる秀抜な現代詩だ。それの約7年後くらいに書かれたものかと思うが、現代の生活にひそむ孤独とテクノロジーと時空を覆う寂しさといった感覚が、ひょっとするとレトキより見事にうたわれている。レトキ35歳、俊太郎少年18-19歳。米日の事情は違うが戦勝国にも敗戦国にもひとしく人間存在にからむ溜息が流れていたことが瞥見できる。この空気を描き出した詩が半世紀以上を経てなお新鮮というのは驚嘆に値する。