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ロバート・F・ヤングの傑作集


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ロバート・フランクリン・ヤング『ジョナサンと宇宙クジラ』(ハヤカワ文庫SF、2006)



 1977年にハヤカワ文庫SFから刊行された『ジョナサンと宇宙クジラ』の新装版(2006〔右の表紙は2006年版、2013年版は違う表紙〕)。

 米国ニューヨーク州のSF作家ロバート・F・ヤング(1915-86)の日本への紹介者、翻訳者の伊藤典夫が選んだ傑作十篇、訳者あとがき(読みごたえあり)、および新装版で追加された久美沙織の解説から成る。

 版権の関係で、日本に初めて紹介されたヤングの作品、短編「たんぽぽ娘」はここには収録されていない。しかし、それに優るとも劣らない作品の集成だ。

 日本独自の編集本で、米国では出ていない。表紙のイラストは後藤啓介で、表題作および「リトル・ドッグ・ゴーン」を合わせたような面白い図柄だ。

 訳者あとがきに、ヤングは1953年、アスタウンディング誌(Astounding Science Fiction, September 1953)に "The Garden in the Forest" という短編で登場したとある。

 ヤングのファンなら本書には唸らされるだろう。圧巻というしかない見事な短編や中編がぎっしり詰まっている。そして、ひょっとしたら、SFにはなじみのない一般読者が読んでもこれは気に入ってもらえるかもしれない。人によるが、ヤングの作風は古風で典雅で、アヴァンギャルド的なとんがりがないと受止められている。しかし、古風であるとしてもSF的発想抜きには書き得ない稀有な作品をうみだしている。

 本書を読み終わってまず感じたのは、疑問符の嵐だった。「なぜこんな作家がマイナーに?」「なぜディズニーが映画化権を買い取った小説『最後の世界樹The Last Yggdrasill (1982、未邦訳)が未映画化のまま?」云いたいことは山ほどあるけれど、各作品についての覚書のみ記すことにする。

 その前に一つだけ。これほど素晴らしい作家が米国でマイナーな位置におかれた隠された理由について評者は仮説がある。「魔法の窓」という珠玉の短編に、半世紀前の米国ではおそらく普通であったろう、ある社会慣習が書いてある。これは常識に属すると推測されるがいわば不文律ではないのか。それを作品中に書込んでしまったためにプロトコル違反とされたのではないか。


九月は三十日あった」 Thirty Days Had September (1957)

 時代は2061年。「昔の」アンドロイド教師ミス・ジョーンズをダンビーが買ってくる。同じ著者の 'Little Red Schoolhouse' (1956、たぶん未邦訳)と世界観が似ている。教師が教えるような教育は「昔の」ことになった未来が舞台なのだ。

 ダンビーの妻ローラはミス・ジョーンズは「五十年おくれてる」と酷評する。この時代、教育はテレ教育が標準なのだ。九歳の息子ビリーは昔のアンドロイド教師は子供をぶったという「神話」を信じ、ミス・ジョーンズを恐れている。ビリーのテレ教育の助けになるだろうと購入したのに。しかも家事手伝いもできるのだが。

 あまりにも妻子の反感を買うのでダンビーはミス・ジョーンズのスイッチを切るが、そのとき彼女の生命を奪うような残酷なことをしている気持ちになる。このすれ違いはどうなってゆくのか。

 題名はもちろん有名なマザーグース 'Thirty days hath September' をもじったものだが、ここではダンビーにとって特別な意義がある九月の日々のことをさす。


魔法の窓」 Magic Window (1958) …… 短編。エイプリルという変わった名の娘の絵の物語。本集のなかで一番好きな作品。


ジョナサンと宇宙クジラ」 Jonathan and the Space Whale (1962) …… 中編。聖書のヨナ書を想わせる。宇宙観のアレゴリーとも。


サンタ条項」 Santa Clause (1959) …… 短編。サンタ・クロースを自分のためだけに存在させる契約を悪魔と交わす男の話。


ピネロピへの贈り物」 A Pattern for Penelope (1954) …… 短編。猫のピネロピを飼う年金生活の女性の前に現れた未来の少年の話。


雪つぶて」 The Other Kids (1956) …… 短編。いなか町に着陸した空飛ぶ円盤への攻撃作戦をまかされた中尉の心に引っかかる子供時代の記憶。


リトル・ドッグ・ゴーン」 Little Dog Gone (1964) …… 中編。涙なくして読めない作品。俳優の男と女およびミニチュア・プードルくらいの犬のような生き物の物語。1965年のヒューゴー賞短編小説部門にノミネートされた。


空飛ぶフライパン」 Flying Pan (1956) …… 短編。ハロウィーンにマリアンの寝室の窓をたたいたのは小さな空飛ぶ円盤だった。


ジャングル・ドクター」 Jungle Doctor (1955) …… 中編。地球に迷い込んだ超心理科臨床医の女性と、トラウマをかかえて飲んだくれる洗車工の物語。女性救世主を描いた近代SFの嚆矢とする評論家もある。


いかなる海の洞(ほこら)に」 In What Cavern of the Deep (1964) …… 中編。現代の神話のような文学的香気あふれる作品。表題はシェリーの詩 'The World's Wanderers' の一節 'In what cavern of the night' の night を deep に変えたもの。作品中くりかえし現れる「なんぢの足は鞋(くつ)の中にありて如何に美はしきかな!」は聖書の雅歌7章1節 'How beautiful are thy feet with shoes' から。