アランナ・ナイト『蒸気機関車と血染めの外套』(創元推理文庫、2013)
アランナ・ナイト(Alanna Knight)の<刑事ファロ・シリーズ>(Inspector Faro series)の第三弾『蒸気機関車と血染めの外套』(Deadly Beloved)。これまでの二作『修道院の第二の殺人』(Enter Second Murderer)、『エジンバラの古い柩』(Blood Line)も同じ訳者による翻訳で創元推理文庫から出ている。
19世紀後半のエディンバラを舞台とする歴史ミステリ小説。今日の捜査ではあたりまえの通信手段や交通機関などがないのが、かえって新鮮でおもしろい。重要な伝達はしばしば手紙を書くか、直接おもむいて口頭で話す。街中の主要な移動手段は馬車で、離れた場所へは蒸気機関車を利用する。
主人公のジェレミー・ファロ警部補はともかくよく動きよく連絡をとる。夕方までにその日の捜査をすませて夜に演奏会に出かけることもあれば、必要とあらば深夜にも関係者宅を訪問する。男やもめで美丈夫ながら、自分が女性にもてていることには無関心なのが義理の息子のヴィンス医師によくからかわれるところ。
本作はエディンバラから列車に乗って東の海辺の町ノースベリックに向かった警察医の妻の失踪事件をめぐるミステリ。線路脇で見つかる血染めの外套など、あらゆる証拠は、夫の警察医ケラーが妻を殺したことを指し示すように見えるが真相はいかに。本作に登場する女性はほぼみな例外なく重要で、彼女たちの一面のみを見がちなヴィンスに対し、一皮も二皮もむいた深層をさぐるファロの頭脳の冴えが本作の一番の見どころだ。女性の描き方の深さは女流作家ならでは。
エディンバラはこの事件(1871年1月頃)から140年余りを経た今でも基本的な地勢や旧跡は変わらないので、このあたりの地理になじみのある人は時間旅行をしているような心地がするのではないか。実際、エディンバラ在住の著者はここを歩き回って作品のヒントを得ているのではないかと思う。
一つだけ、よく出てくる地名ノースベリックについて。本作では英語の North Berwick の綴りが用いられているが、スコットランド英語では North Berrick と綴り、さらにスコットランド・ゲール語(Gàidhlig)では Bearaig a Tuath と綴る。語源は古英語で「大麦(bere)の農場(wic)」を意味するらしい。