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眼を開かせる「ルカによる福音書」訳注


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佐藤 研訳、荒井 献訳『新約聖書〈2〉ルカ文書−ルカによる福音書 使徒行伝』岩波書店、1995)



 岩波版の新約聖書第二分冊。「ルカによる福音書」を佐藤研が訳し、「使徒行伝」を荒井献が訳す。どちらも伝統的に医師ルカを著者とするので「ルカ文書」としてまとめる。

 岩波版の新約聖書が原典の精確な訳出、不偏性(特定の教派に偏らぬ)を目指すこと、したがって他の訳でふだん読んでいるひとも、真摯な関心があれば本書が役に立ち眼を開かせる面があること、否定しがたい。第一に斬新である。第二に理解を助ける工夫に富む(図表や用語解説)。

 特徴的な箇所は多いが、言語面で評者の注意を引いたところを挙げる。いわゆる「受胎告知」の場面(ルカ 1.27)で御使いのガブリエルが遣わされた乙女の名を「マリヤム」と記す。著者が実はルカでなくヘレニズム的著作家であるとされているとはいえ、ヘブライ的発音に凝った仕方で音写しているがゆえに、こう訳すのである。ギリシア語表記で Μαριαμ が、ヘブライ語の miryam を写す意図ありとするわけである。

 もうひとつ。「サウロの回心」の場面(いわゆる「目から鱗」の表現のもととなった)。キリスト者を迫害していたサウロがダマスコスの近くまで来たとき、「突然、天からの光が彼をめぐり照らした」。その次第をこう訳す(使徒行伝 9.4)。

サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」という声を聞いた。


この「サウル」という神の呼びかけはヘブライ名「シャウール」をギリシア語化したものゆえ、「神がサウロにヘブライ語で語りかけていることを暗示している」との訳注を附す。このサウロはパウロとも呼ばれ、使徒行伝 13.13 以降はもっぱらパウロとして出てくる。