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ダンテ『俗語詩論』の唯一の註解書――西欧の抒情詩の淵源をさぐるのに必須の文献


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ダンテ・アリギエーリ、岩倉具忠(訳註)『ダンテ俗語詩論』(東海大学古典叢書、1998)



 ダンテが俗語(vernacular, ラテン語から派生した各国の言語、イタリア語、フランス語、スペイン語など)で詩の創作が可能であることを、実例とともに高らかに宣言した理論書。

 日本語で詳しい註解とともに訳が読めるのは、知るかぎりでは、本書が唯一のもの。やや高価な書だけれど、それだけの価値はある。

 ダンテは主として南フランスの抒情詩人たち、トゥルバドゥールの詩作品を例として挙げた。中でも最高の例としたのは密閉体(trobar clus)という難解なスタイルで書いたアルナウト・ダニエルの詩だ。アルナウトについては、『神曲』煉獄篇でプロヴァンス語により語らせている。

 本書で理論的な宣言をおこなったあと、ダンテはそれを実作に活かした。すなわち、イタリア語による『神曲』の執筆だ。それだけでなく、西欧の各国語での抒情詩が可能になったのは、少なくとも理論的には本書がその道を拓いたともいえる。それまでは、まっとうな文学はラテン語により書かれるべきものとされていたから。

 ただし、その宣言はやはりラテン語でおこなわなければならなかった。本書の原題は De vulgari eloquentia という。「デー・ウルガーリー・エーロクウェンティアー」は直訳すれば「俗語論」。執筆年代は 1302-05 年頃とされる。

 例に引かれたトゥルバドゥールの詩作品はプロヴァンス語で書かれており、詩の言語としてはおそらくラテン語より難しい。しかし、当時はプロヴァンス語は南仏〜北伊にかけてのある種の共通語であり、かのマルコ・ポーロの『東方見聞録』も、まずプロヴァンス語で書かれたことは知る人ぞ知る事実だ(一般には「古フランス語」が使われたとの曖昧な説明がされる)。その意味では、困難はあっても、本書は掘り出す価値のある宝の山だ。


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