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ジミー・ペレス警部(シェトランド)+ウィロー・リーヴズ警部(ノース・ウイスト)


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アン・クリーヴス『水の葬送』創元推理文庫、2015)

 

 英国のミステリ作家アン・クリーヴス(1954年生れ)の2013年作。

 スコットランド北東にあるシェトランド島を舞台にするシリーズの第5作。日本での数え方は〈シェトランド四重奏〉に続く、〈ジミー・ペレス警部〉シリーズの新作という位置づけ。〈四重奏〉の第4作『青雷の光る秋』が出たのが2013年だから、ファンは2年待たされたことになる。

 その待望の作品はシェトランド島で起こる殺人事件の捜査が主題。捜査が行われるのが石油ターミナル周辺であることから、これまでとは雰囲気が違う。言うまでもなく、石油産業はシェトランドを支える重要な産業だ。さらに、インヴァネス(「ハイランドの首都」)署から捜査のため、女性警部が派遣されてくる。このノース・ウイスト島アウター・ヘブリディーズ諸島の島)出身のウィロー・リーヴズ警部の登場が最大の波紋要因だ。

 若林踏は「解説」で本書の特徴を2点に要約する。

  1. 社会全体を覆う問題への眼差し
  2. 独創的なもう一人の捜査官の登場

 この2点により、〈『水の葬送』は謎解きミステリとして、同時にひとつのコミュニティの変遷を綴った小説として、〈シェトランド四重奏〉よりもさらに厚みの増した物語〉になったと結論づける。

 これらの点を少しだけ掘下げる。第一の社会問題とは本書では、英国が抱える問題でもあるエネルギー産業の問題に集約される。確かに、こういう側面へのフォーカスは〈これまでのシリーズ作品には希薄だったジャーナリスティックな精神の萌芽〉が感じとれる。しかし、石油といったって、単に掘るだけではダメだ。エネルギー産業を取上げるなら、基本的重要点を3つは抑えなければならないだろう。

 本書ではこれらについて一応の言及はあるけれども、作者自身がまだ問題意識を持ち始めた段階だからなのか、いずれも物足りない。今後の課題だろう。

「もう一人の捜査官」ウィロー・リーヴズ警部のこと。彼女が派遣されてくると知ったときのシェトランド側の反応はサンディ・ウィルソン刑事の内面の独白に象徴される。

ウイスト島の連中は、われわれとまったくちがいます。かれらはゲール語をしゃべるし、あそこの小農場は砂と海藻だらけだ。地形もちがえば、文化もちがう。ヘブリディーズ諸島では、日曜日に酒を飲めない。ヘブリディーズ人とシェトランド人に共通点があると考えることができるのは、イングランド人だけです。

 イングランドから見れば、同じく伝統文化が濃厚な地域であるシェトランドとヘブリディーズだが、彼ら同士から見ればまったくちがうのだ。それはそうだろう。

 確かに、ノース・ウイスト島の人口の61%はスコットランドゲール語を話す(2011年の人口調査)。スコットランドゲール語では島の名を Uibhist a Tuath という。「北のウイスト」の意。

 ウィロー・リーヴズ警部の両親はヒッピーであり、彼女はコミューン(ヒッピー共同体)で島民から差別されながら育った。相当に個性的な出自である。その警部が初めて捜査を任されたのが今回の殺人事件。被害者の第一発見者である女性、地方検察官のローナ・レインは捜査を監督する立場でもあるが、リーヴズ警部は地方検察官が事件に関わりがあるという直感を当初から抱く。対して、ペレス警部は地方検察官にそういう見方をするのはおかしいと考える。

 というふうに、島の風土という背景、エネルギー産業がはらむ軋轢、英国のさまざまの地域がからむ人脈の複雑さ、捜査体制の緊張感などが、うまくブレンドされ、最後の最後まで、読者は犯人像が見えないサスペンスの中に置かれる。

 恋人を失った痛手からようやく立ち直りかけているジミー・ペレス警部とウィロー・リーヴズ警部との間に、ほのかなロマンスの気配も感じられるが、今後の作品ではいったいどのような展開が待っているのだろうか。本作のあとに、シェトランド・シリーズの次作 Thin Air (2014) が刊行されている(日本語訳は未刊行)。

 

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