Derek Bell, Liam O'Conchubhair, Traditional Songs of the North of Ireland (Wolfhound P, 1999)
アイルランドは伝統歌の宝庫として特異な位置を占める。スウェーデンの民族音楽学者 Melberg の推計によれば、アイルランドには 45,000 の伝統歌があるという。
だが、これは、ごく控えめな推計である。たとえば、アイルランド南部のクレア県だけで、6,000 の伝統歌があると推計されている。アイルランド全島には32県ある。北海道より、やや大きいくらいの島(面積は8万4000㎢)に、いったいどれくらいの数の伝統歌があるのか、正確なところは誰にもわからないだろう。多いのは伝統歌ばかりではない。ストーリーテラーが伝える物語の数も、妖精が築いたとされる円砦の数も、とてつもない多さだ。だが、それは別の話である。ともかく、北半球の口承文化を考えるうえでは、アイルランドは外すことができない。
本書には、アイルランド北部の伝統歌が50篇おさめられている。アイルランド語のものと英語のものと。
一見すると多いように思えるが、全体の数からすると、ごくごく一部にすぎない。
その50篇の歌はよく精選されている。重要な歌ばかりだ。アイルランド語の歌には英訳も附されている。楽譜も附いている。しっかりした解説も附いている。
編集を担当したのはベルファスト生れの高名な音楽家ふたりだ。うち、故デレク・ベルは The Chieftains のハープ奏者として、世界中にファンが多かった。
アイルランド伝統音楽の曲集は数多く出ているけれど、アイルランド北部の伝統歌に関しては、本書はもっとも重要な本のひとつである。歌に関心あるひとだけでなく、歌に由来する器楽に関心あるひとも、フレーズの切れ目を知るためには歌詞の知識が必須なので、手に入るうちに手に入れておくことを、お薦めする。