版元では対象年齢を〈小学中学年から〉としている。だけど、大人が読んでもおもしろい。読む人によってその意味合いが変わり、深まるたぐいの物語だ。
主人公のたかしは小学6年生、妹のゆうこは3年生。春休みのある日、おかあさんが出かけたあと、たかしは部屋の壁にかけた剥製のトナカイの首を見る。ゆうこにトナカイを刺繍してみたらどうかと声をかける。
ゆうこが「このトナカイは壁の穴に囚われてるんじゃないの」と変なことを言いだす。魔法にかけられてるに違いないのだから、解いてあげたらすごいんだけどと言う。それで、たかしが「なんじののろいはとかれたり」と宣言すると、「トナカイのガラスのひとみの奥で、かすかにほのおがゆれた」。
二人は壁の穴を通り、トナカイが暮らす世界へ移動してしまう。動物だらけだ。二人の他に人間がいないところで冒険が始まる。そこは食うか食われるかの世界で、生あるものが食われることで他の生を活かすという現実が目の前で淡々と進行する。知り合う動物たちも次々に死んでゆく。これほど死屍累々たる児童文学は珍しいのではないかと思えるほど、どんどん死んでゆく。
その世界を支配するのはおそろしいオオカミの青イヌ。この青イヌを打倒し、かつてのトナカイの治める平和な世を復活させようとするのがこの物語の中心的な主題だ。戦いにつぐ戦いというあらすじだけをとると殺伐とした作品にも見えるが、実際には随所に現れる歌が詩情を添えており、子供でも十分に楽しめる物語になっている。楽しめるだけでなく、生きることや戦うことというテーマの重さが年齢に応じて感得できるような懐の深さを備えている。
2015年に『岸辺のヤービ』を出版した梨木香歩が、インタビューで次のように述べている。
「尊敬する神沢利子さんの『銀のほのおの国』には、生きているものは生きているものを食わなければ生きていけないのかという永遠のテーマが描かれている。『岸辺のヤービ』はそれに対する私なりのひとつの答えでもある。食べるために殺したり殺されたりすることをまったく否定してしまったら、それはこの世界ではなくなってしまう。殺したり殺されたりするこの世界の中で私たちはユートピアを見つけなければならない」
神沢利子の作品に梨木香歩が作品で応える。このような児童文学のリレーが同時代に起きていることがうれしい。