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Immersion Reading で読む『秘密の花園』


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Frances Hodgson Burnett, The Secret Garden [Kindle版]



 バーネト(Frances Hodgson Burnett)の『秘密の花園』 The Secret Garden (1911)を Immersion Reading で読んだ。すばらしい朗読にめぐり逢うことができた。Vanessa Maroney の声はヨークシャ方言をふくめ実によく物語を浮かび上がらせる。

 よく知られた児童文学の古典。作家の梨木香歩福音館文庫創刊10周年記念小冊子で<わたしの一冊>として『秘密の花園』をえらび、「光を求める生命の力」という文章を寄せている。その前半部分。

孤児になった女の子・メリーが引き取られた屋敷には、「秘密の花園」があった。屋敷の使用人たちは皆その存在を知っていたが、表立って口にすることはなかった。が、いったんその「誰にも顧みられない」花園の話を耳にするや否や、メリーは取り憑かれたようにそのことしか考えられなくなる。その再生に、いつのまにか自分の再生もかけていたのだろう。メリーはどのようにして「秘密の花園」とかかわり、そしてまた、どのようにして再生させていったのか。


この屋敷には千もの部屋があり、うち百は開かずの部屋。庭園の中にも開かずの花園がある。

 梨木の文章の後半。

メリーが、従兄弟・コリン、友人たち、周囲の大人たちと文字通り「体を張って」ぶつかり合い、協力し合っていくさまは、まるで光に向かって変化・成長せざるをえない植物のありようのようだ。生きとし生けるもの、それぞれ皆が持っている「光を求める力」が、やがて奇跡を起こす。表には出てこないが、今はこの世にいない人たちとのかかわりもまた示唆的で、興趣深い。細やかなエピソードに至るまで、まるで魔法のような生命の神秘が全編を覆っているので、ぜひ完訳版でこの名作を味わっていただきたいと願っている。


メリーの変化を植物のそれになぞらえ「光に向か」うとしたのは梨木の慧眼。死者との交わりに対する感性も梨木ならでは。さらに、太字にした部分、全編を覆う「魔法のような生命の神秘」の指摘は印象的。

 ところが、「ぜひ完訳版」を、とは無理な願い。本書は第3章から急に難しくなる。引き取られる先ヨークシャの方言が頻出するから。英語にフランス語やラテン語が混じるより読解は難しい。(福音館文庫版『秘密の花園』は464頁。)

 Vanessa Maroney の朗読は同方言を始め、登場人物による声を使い分け、物語の雰囲気を高める。見事という他ない。この朗読に対応するテクストとして ICU Publishing (2011) 版の The Secret Garden (Illustrated)を使ったが第26-27章のあたりで朗読に本文が対応しないなどの不具合が Kindle Fire HD では起きた。テクストは Lee-Anne Phillips が編集した The Secret Garden [Illustrated] (「挿絵附き」の注記が角括弧)のほうが X-Ray 附きだし、Book Extra で関連情報がいろいろ見られるのでよいかもしれない。どちらの Kindle 価格も百円なのでぼくは両方買った。(Vanessa Maroney の朗読は Commuter's Library 刊で定価は千円ほどだが、www.audible.com で買えば、Kindle 本の購入者には安くなる。)

 本書は児童文学としては殆ど文句のつけようがないほどの作品と思うが、一点だけ気になることがある。著者の Christian Scientist (*)としての世界観は、庭園の治癒力およびコリンの科学的実験という本作の柱の部分を支えるだけに、意外にも発表当時それほどの人気を博さなかった一因になっているかもしれない。(*クリスチャン・サイエンスは19世紀後半に米国で興ったキリスト教系の新宗教。病の霊的な癒しを強調し、1990年代までは医療やワクチン接種を拒否していた。)


〔研究ノート〕
Immersion Reading のペア……Immersion Reading (朗読と本文とが同期する読書体験)に対応した Kindle 本と Audible オーディオブックの組合せの選び方について。Audible のサイトの 質疑応答頁 に選び方の指針がある。〔註。現在は対応機種が増えている。〕

Any Whispersync for Voice-ready Kindle book and any Whispersync for Voice-ready Audible book is also able to be used for Immersion Reading on the Kindle Fire HD 8.9", Kindle Fire HD 7", Kindle Fire 2nd Generation.


この説明を真に受ければ Whispersync for Voice 対応と書いてある Kindle 本と Audible オーディオブックとを選べばそれでよいように見える。ところが、現実にはそれぞれ複数の版が存在することがある。そうすると、それぞれで選択をすることになるが、任意のものを選んで組合せられるかというと、そうでもないことがある。Whispersync for Voice 対応の、ある Kindle 本を先に購入して、同対応の Audible オーディオブックを選ぼうとすると選べないオーディオブックがあることがある。つまり、Whispersync for Voice 対応の本と録音とについて、結びつけられる組合せとそうでない組合せが存在するということだ。

 この問題はどうやれば解決するか。まだ判らない。Audible の会員になれば、Whispersync for Voice 対応のオーディオブックから、それと組合せられる Kindle 本へのリンクが表示されるらしい。


ヨークシャ方言……例えば第4章で召使のマーサの 'Canna' tha' dress thysen!' という質問にメリーは「あなたの言葉が判らない」と答える。これくらいなら判るかもしれないが、もっと難しくなると現代の英国人でも判らなくなり、よくヨークシャ北部の人に尋ねたりしている。語彙だけでなく文法にもヨークシャ方言の特徴は表れる。方言というと標準語に比べて一段下に見られがちだが、この方言は英文学では特別の地位があり、『嵐が丘Wuthering Heights の wuthering (うなるような音を立てて激しく吹き荒れる風の形容)などは誰でも知っている。ヨークシャ方言協会もあり、この方言は奥深い。