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1950年代と60年代のSFを雑誌を通じて描く労作


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マイク・アシュリー、牧 眞司 訳『SF雑誌の歴史 黄金期そして革命』東京創元社、2015)



 全3巻の『SF雑誌の歴史』の第2巻。1950年代と60年代とを扱う。

 SFの本当の黄金期といわれる1950年〜54年の期間を含む。作家でいうと、シオドア・スタージョンアイザック・アシモフフィリップ・K・ディック、ロバート・シェクリーらが傑作を生み出した時代だ。さらに、ロバート・シルヴァーバーグハーラン・エリスンフランク・ハーバート、ロジャー・ゼラズニィアーシュラ・K・ル・グィンらの有望な作家が登場した。

 1960年頃、SFは低迷し、改革が求められるようになる。イギリスのニュー・ウェイヴ作家、マイケル・ムアコックJ・G・バラードがSF界に大衝撃を与えたり、トルキーン(トールキン)の『指輪物語』やハワードのコナン・シリーズなどのファンタジー物が関心を呼んだり、サイケデリックの風潮が生まれたりして、SFは60年代末まで変質の時期を迎えることになる。

 この間のSF雑誌の歴史はSFそのものの歴史といえる。雑誌と無縁なところから出たSFは殆どなかった。ところが、60年代半ばになるとペーパーバック書下ろしの長篇が増えるようになり、それ以降、状況は変わる。

 代表的な雑誌は「ギャラクシー」「アスタウンディング」「F&SF(マガジン・オヴ・ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション)」「イフ」「スリリング・ワンダー・ストーリーズ」「スタートリング・ストーリーズ」「アメージング・ストーリーズ」「ファンタスティック」など十を超える。1960年のSF退潮期に雑誌はわずか6誌にまで減ってしまう。しかし、60年代前半にSFは復活し、SFのファンタジー化が浸透する一方で、「スター・トレック」や『2001年宇宙の旅』や1969年の人類初の月着陸などが新たな関心を呼び起こした。

 本書は以上の歴史を二段組400ページにわたって、ぎっしり熱く語り、さらに、巻末の120ページもの索引で徹底的な検索を可能にしている。索引に取上げられる作品については、入手困難な雑誌掲載作よりも、書籍掲載作を優先してあるのがうれしい。

 出版社の誇らしげな「東京創元社創立60周年記念出版」を謳う帯は、悪いけれども、いったん外して、表紙と裏表紙とを眺めてもらいたい。ここに一面にカラー写真が掲載された数々の雑誌の表紙は、眺めているだけで胸が熱くなってくる。この時代の熱気が何よりもこれらの雑誌の表紙から伝わってくるからだ。

 著者マイク・アシュリーの筆がのりにのっているのは、作家たちに「ちくしょう、こんなことがSFでできるなんて知らなかったぜ!」と言わせるべく、檄を飛ばした、「スタートリング・ストーリーズ」編集者サミュエル・マイルズを扱う箇所だ。のちにSFの古典となるフィリップ・ホセ・ファーマー(Philip José Farmer)の長篇小説「恋人たち」'The Lovers' 〔ハヤカワ文庫『恋人たち』〕を掲載した同誌1952年8月号の巻頭言で、マイルズは次のように述べる。SFの小説としての可能性を語るとき、マイルズの念頭にあった例は「恋人たち」である。

─略─私たちはSFは「希望にみちた科学」以上のものであるべきだと議論してきた─それは「良質な小説」でもあるべきだということだ。ドラマとしての基本要件を備え、巧みに物語り、現実の人間を描き、超光速駆動で宇宙船が出すスピードを計算するばかりではなく、情緒的な側面においても真剣に取りくまなければならない。それが達成されない限り、〈タイム〉の書評は、ウエスタンと同列にSFを蔑みつづけるだろう。(27ページ)


 これは、SFで何ができるかを作家に考えさせようとする刺激にあふれている。

 「恋人たち」が与えた衝撃は大きく、たとえば、ロバート・シルヴァーバーグは「『恋人たち』は途方もない物語だ。非常に特別のラヴ・ストーリーであり、先駆的な作品だ。」(“The Lovers” is a whale of a story, a very special kind of love story, a trailblazer, a pioneering work.)と述べている。

 これが掲載された号については本書には白黒写真しかない。カラー写真を参考までに掲げておく。


[Startling Stories, August 1952]


 本書は「恋人たち」については約2ページを使って丁寧に述べる。こうした作品紹介が随所にちりばめられていることが、本書の価値を高めている。

 その記述で分かることは、編集者しだいで、よい作品も埋もれてしまうことがあることだ。「恋人たち」の場合、そのあまりにも衝撃的な内容のために、他の多くの雑誌では掲載できなかっただろうといわれている。その点で、SFの歴史と編集者とは重要な関係にあることが本書でよく分かる。

 もうひとつだけ例を挙げると、1950年代に「アスタウンディング」誌で脚光を浴びた作家マーク・クリフトン(Mark Clifton)のケースが興味深い。産業心理学者としてのキャリアが長いクリフトンは、人間の可能性に対して高い期待をいだいていた。

 クリフトンの作品を特徴づけるテーマは「操作」であると、著者アシュリーは書く。クリフトンの作品では「エイリアン、人間、天才的な人間、もしくはコンピュータによって、人類が進歩へと導かれる」のだ。

 しかし、その考えはあまり理解されなかった。ヒューゴー賞最優秀長篇部門を受賞した、ライリイとの共作「ボシイの時代」は、いまは殆ど忘れられている。「古い価値観を投げすてて生まれかわるよりも、古い信念に固執して死ぬほうがましだとする」人びとへの批判が、その「正しいほうがまし」('They'd Rather Be Right' 〔創元推理文庫『ボシイの時代』〕)という題名にこめられているという。

 一流作家になりえたクリフトンであるが、やがて「SF読者でさえ自らの限界に束縛されていると感じるように」なる(159ページ)。しかし、ほかの作家には影響を与えた。アシュリーは「ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を」は、そうとは意識せずにクリフトンの技巧で書かれて」いるとの見解を記す。このような卓見は文学史に貴重な光をあてるものだ。

 ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を」が掲載されたのは、「F&SF」誌だった(1959年4月号)。ほかの雑誌では没にされた作品である。同誌の編集者は、「広い視野で幻想文学(SFに限らない)を見わたし、作品の質、多様性、技巧を重視した」という(274ページ)。このような編集方針の結果、「多くの支持層が集まり、〈F&SF〉がヒューゴー賞の最優秀雑誌部門の常連受賞誌」となった。

 「アルジャーノンに花束を」は北米ではしばしば図書館から排除するよう要求が出され、実際に排除されるほどの問題作である。が、一方で、世界中の学校で教材とされ、映画をはじめとするさまざまな翻案がなされるほどの重要な作品でもある。この作品も、慧眼をそなえたSF雑誌編集者がいなければ、世に出ることはなかった。1950年代、60年代において、SF雑誌の歴史がSFそのものの歴史であるというのは、誇張でもなんでもない。



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