高野史緒『グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行』(Kindle Single)
いつも世界の「開け口」を探している女子高校生・夏紀が主人公。いまお盆で土浦に来ている。
夏紀は小学生の頃、祖母の葬儀のために来たここ土浦で、巨大飛行船を見た記憶がある。飛行船LZ 127「ツェッペリン号」が霞ヶ浦に来たのは90年近く前の1929年8月のことなのに、なんで夏紀にそんな記憶があるのか。
その謎を神童の従兄・登志夫が解こうとする。研究で滞在している外国から夏紀に指示し、いまここに再び現れるはずというツェッペリン号を追跡させるSF中篇。スマートフォンで従兄と会話しているのだが、量子コンピュータ経由の電話のため、タイミングや質感が、生の会話のようである。
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前半から中盤にかけては追跡のテクニカルな設定や、古い日本のフラッシュバックを語り、それなりにおもしろい。なんといっても、著者・高野 史緒は、あの東欧のSF集 『時間はだれも待ってくれない』 (ゾラン・ジヴコヴィチの大傑作「列車」を収録) を編んだ人だ。稀代の目利きが自ら著した小説となれば期待がふくらむ。
後半になり、主として従兄の観点からと思われる量子論の話になると、ややおもしろみが減る。SF読者にどれくらいひびくか。
量子物理学の本を日頃好んで読んでいるような層には、この後半の記述はひびくだろうか。むしろ、記述が不徹底に感じられないだろうか。
物理学は、根底に宇宙の原理がある。そこから考えをめぐらせてこうなっているという質感が、本書の後半にはあまりないのだ。バズワードをちりばめればちりばめるほど、物理学らしさから遠くなる。
口幅ったいが、量子論を物語の本質的な部分に織込むなら、基礎的なことをきちんと勉強してからのほうが、いい作品になるのではないか。
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何を追いかけるのかについて補足しておく。LZ 127はドイツの、当時世界最大の飛行船。愛称の Graf Zeppelin は、飛行船産業の父ともいえるツェペリーン伯に由来する。本書で飛行船の細部が出てくるが、いちど写真(下)で見ておくと、実感がわく。