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ゾラン・ジヴコヴィチ「列車」を読む


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ゾラン・ジヴコヴィチ「列車」(『時間はだれも待ってくれない』所収)

 

 本書に収められたセルビアの作家ゾラン・ジヴコヴィチの短篇「列車」。原題 'Voz'. セルビア語原典から山崎信一(バルカン現代史が専門)が訳した。編者の高野史緒(フランス中世史が専門)が的外れにも作中のアクションとは逆の解説を書く。

 不幸な状況だ。ジヴコヴィチについて正当な評価が行える環境にない。文学を歴史家が訳し歴史家が解説する。これでよいのか。

 にもかかわらず本作品は論じる価値があると思わせる。なぜか。分からない。分からないが2005年にこれを生み出したセルビア文学に我々の関心を向かわせるだけの力が本作品にはある。

 「首都の名門銀行の上級顧問、ホートーニン氏は、列車の中で神と出会った」と書き出される。登場人物がこの二人だけで、二人の対話とその前後の地の文が本作品のすべてである。

 神と人間との対話。それが一等車のコンパートメントで起こる。神の乗車の仕方と降り方にのみ異常があるが、その他はまったく地上の通常の営みと外見上変わるところがない。しかし対話の内容が常識を超えている。現代社会の只中に突如、神的時間が顕れる。こんな事態への備えができている人間がいるのだろうか。

 読者は自分がこの乗客だったら一体どうするだろうと自問せざるを得ない。星新一なら似た設定の作品を書くかもしれないがオチを添えるだろう。だが、この作品にオチはない。読者は真っ暗な宇宙空間に宙吊りにされた不安から逃れられない。もっとジヴコヴィチを読みたい。妄言多謝。

 

時間はだれも待ってくれない

時間はだれも待ってくれない