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日本文学の宝がマンガの宝となった


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大和和紀源氏物語 あさきゆめみし 完全版(1)』

 

 死に行く桐壺の更衣は息子(二の宮〔第二皇子〕=のちの光る君、光源氏)にこう言う。「弱かったわたくしがこうしたあなたの母となれたのは……愛が勇気を与えてくれたから……その愛をあなたにのこしましょう」と。

 主上(おかみ=天皇)の愛を得た、かずならぬ身の桐壺の更衣は自分の幸せの源であった愛を子にのこす。その子は愛を体現する者となる。亡き母に生き写しの藤壺の女御とは互いに惹かれあう。

 元服した光る君(源氏の君)は左大臣の娘、葵を添い臥し(妻)とする。が、気位の高い葵の上とは愛どころか心も通わぬ。そうしているうちに、むしろ葵の兄の頭の中将とつき合うようになる。源氏(いまは三位の中将)の心をうけとめてくれる人はなかなか現れぬ。

 そのうちに美しい仮名文字を書く六条の御息所(先の春宮の妃)と知り合う。源氏は満たされぬ思いを、貴婦人のごとき六条に寄せるようになる。一方で、苦しい恋をしたらしき夕顔の君にも惹かれる。しかし、それに嫉妬した六条の御息所は生霊を放つ。

 という具合に、愛の化身たる源氏は、恋多き青年となってゆく。「みかけのわりにはものがたい男だと思っていた」との頭の中将の源氏評は冗談だろうか。いや、そうでもあるまい。源氏は、だれにも恋などしてはおらず、心の中にしあわせのすべてともいうべき女性がただひとりいる。御簾のかげにいるその方、藤壺のほのかな香のにおいにも、かすかな衣ずれの音にも敏感に反応する。「あながちな恋はしない主義」と自認する源氏だが、藤壺だけは特別な存在だ。

 この完全版はオリジナル(1979-93)のカラーの絵が収録されており、各話の扉で楽しむことができる。美しい。原作は世界最初の小説。日本文学の最高峰。その後の日本の文学に与えた影響は測り知れない。

 読み応えがある。日本文学の宝がマンガの宝となった。

 源氏は北山の寺で幼い姫に出会う。その面影にもしやと思う。やはり、藤壺のめいにあたる姫だった。のちに寂しい境遇にある姫を源氏は引取り、紫の君(紫の上)とよぶ。『源氏物語』の作者の本名は知られていない。学者たちがこのヒロイン紫の名を仮に作者名に当てはめ、その父親の官職名をくわえたのが紫式部

 巻末に作者大和和紀の作画の苦労話が書いてある。十二単をあらゆるアングルから描く必要から、自分で実際に着て、想定しうる限りのポーズをとって、写真を撮り資料にしたという。それにとどまらず、人物と屋根や庇の高さの比まで調べ、空間や距離感を実感するところまで追い込んで作画した。ある意味で当時の人間の世界観がわかるような作品だ。ダンテの『神曲』に似ている。