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雪が降り、積もるような夢枕獏の文体


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夢枕 獏『陰陽師(おんみょうじ)』(文春文庫、1991)



 平安期の陰陽師安倍晴明が活躍する伝奇小説シリーズの第一作。

 京都の街を歩けば安倍晴明ゆかりの地に通りかかることはまれでない。彼を取上げる数々の文学や映画などもあり、千年前の人という感じがあまりしない。特に、第一音にアクセントを置く、お寺の名前のような読み方でなく、「おんみやうぢ」と、第二音を揚げて読めば、一挙に平安京へタイムスリップする心地がする。

 本書はすでによく知られた作品であるから、評者が読むに至った経緯をしるすことにする。それゆえ、不純な内容であることをお断りする。

 目的は『源氏物語』の「葵」巻あたりの六条御息所の生霊をめぐる物語を内側から理解することである。そのために、夢枕獏の『秘帖・源氏物語 翁-OKINA』を一つの手がかりとしようとした。その作品に登場する蘆屋道満安倍晴明のライバルであることから、本書を読むことにした。

 結論からいえば、安倍晴明のまわりに醸成される空間や時間の静謐さに惹きつけられた。その魅力の源泉はジョイスの『ダブリン市民』を想わせる夢枕獏の文体にあると感じる。たとえば、つぎのくだり(「白比丘尼」)。

枯れた芒の上にも、女郎花の上にも、檜葉の上にも、紫陽花の上にも、萩の上にも雪は降り、積もってゆく。


これは、まるで、『ダブリン市民』の「死者たち」のようである。思えば、この世のものならぬものを喚起する文体は、どこか似てくるのかもしれない。