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遍歴の騎士アロンソの狂気に見える旅


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セルバンテス、バラエティアートワークス『ドン・キホーテ (まんがで読破)』イーストプレス、2009)

 

 17世紀スペインの小説。田舎の郷士アロンソ・キハーダが中世の騎士道物語を読みすぎて、現実と物語の境を飛越え、自らが遍歴の騎士となり、世の不正を正すため馬に乗って冒険の旅に出ることを思い立つ。近所のサンチョ・パンサを無理やり従者に仕立て、空想の思い姫に忠誠を誓い架空の悪い敵を正そうとする。

 家族や友人らはアロンソが常軌を逸した理由の根源は書物の物語にあると見なし、書斎を封じ込めてしまう。そして、アロンソには書斎が悪い魔法使いにより奪い去られたと思わせる。

 ところが、これを悪の魔法使いからの宣戦布告と受取ったアロンソは遍歴の旅に本当に旅立ってしまう。そこからの冒険の数々は風車との戦いや、羊の群れとの戦いを行ったり、護送中の罪人たちを解放しようとしたりで、行く先々で騒動を起こす。

 こうした話を読んでいると、妄想に陥った老人の狂気の物語とも見えるが、アロンソは元は聡明な人であった。そして、彼には崇高さと幼稚さが同居していると見る人が現れるだけでなく、実は冒険の当初から正気であったと見抜く人物も登場するに至って、本書は個人の自意識を扱う物語として深みを帯びはじめる。

 20世紀に入り、バフチンが本書をカーニバル文学として高く評価し、その系譜を受継ぐのがドストエフスキーとした。ドストエフスキー自身も『ドン・キホーテ』を激賞している(『作家の日記』)。

 松岡正剛ドストエフスキーの『ドン・キホーテ』を評する言葉「これまで天才が創造した書物のなかで最も偉大で、最も憂鬱な書物だ」の「偉大で、憂鬱」という〈正と負にまたがる告示〉に注目し、本書をバロック的な複数の中心を持つ作品と見ている。松岡によれば、ハイネは〈生涯にわたっておそらく数度、ウィリアム・フォークナーは毎年必ず『ドン・キホーテ』を読んだ〉という。

 2002年にNorwegian Book Clubが発表した世界文学ベスト100のリスト中、『ドン・キホーテ』は「かつて書かれた最高の文学作品」という別格の扱いを受けている。このリストはWikipediaの 'Bokklubben World Library' の項にある。