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「みどりのゆび」が現実になった瞬間


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よしもと ばなな『王国〈その3〉ひみつの花園』(新潮文庫、 2010)



 まさかこんなときが来るとは思わなかった。「みどりのゆび」が作った庭のことを読むことになるとは。

 その庭が副題の「ひみつの花園」だ。「みどりのゆび」はモーリス・ドリュオンの有名な作品『みどりのゆび』をふまえているのはまちがいない。チトという男の子はまれなみどりのゆびを持っていて、ふれるだけで花を咲かせることができる。チトにあたるのが本書では高橋くんという真一郎の親友だ。夭折した高橋くんがつくった「ひみつの花園」を真一郎といっしょに見に行くことが、結果的に雫石と真一郎の別れにつながる。

 そういう事件が本書の中ほどで起こるけれど、その前後で雫石は人間と植物の世界について認識をひろげてゆく。特に植物については、圧倒的な存在感のある「ひみつの花園」を見ることで劇的に理解がふかまり、流れ動く緑というヴィジョンに達する。

 ダンテに「光の河」というイメジがあるが(『神曲 天国篇』)、それの緑版のようなヴィジョンだ。たえず流れ続け、しかも動いている緑。いま目に見えている緑も、過去の緑も、未来の緑も、すべてがダイナミックな交響詩のように雫石の心眼に映ずる。そういう緑をうみだす魔法のゆびを持った人間を登場させたことが本書の驚きのひとつだ。登場させたといっても、小説のはじまる前に死んでいるから、作品では不在の人物だ。

 緑のヴィジョンとは対照的な暗い亡霊の影もたえずつきまとっていて、雫石には自分が今いる環境が、不健全な環境でこそ見つかる宝のようなものに感じられる。

 旅行などしたこともなかった雫石が台湾へ行くことになる。そこでいろいろなものが開けてくる。おばあちゃんからもらった翡翠の蛇は透明さを増し、過去の山の匂いもよみがえってくる。陽明山で熱い温泉の力にもふれる。何かがすっと開けてきそうな予感がするのだ。そのヴィスタは宇宙的だ。

 本書を読んでいてつけた電子的付箋は130に達した。この長さの小説としては我ながら多い。その中から「ひみつの花園」を描いた一節を最後に引いておこう。

その庭には、世界中の気持ちのいい風が集まってくるように思えた。豊かでみずみずしく、様々な色彩や蜂や蝶がまるで立体映像みたいに次々と目に入ってきた。天使が空から舞い降りてのぞきにきそうな感じだった。