深く静かな感動が広がる
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上橋菜穂子『鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐』(KADOKAWA/角川書店、2014)
上巻が「生き残った者」、そしてこの下巻が「還って行く者」。その意味が読み終わってやっとわかった。
身体を森とみなし、その中でさまざまの小さな命が生きており、それらをつないで大きな命を生きているという生命観。
そこへ病の素がやってくると身体の中の小さな命はあるいは戦い、あるいは共生する。命を落とすものもあれば「生き残る者」もある。そういう世界を、病を生きる男ヴァンと病を癒す男ホッサルとを二大中心にして描いたのが上巻だった。
下巻ではその二つが交わり絡み合う。ヴァンは体内に抱えた病素を生かせる場へと「還って行く者」となる。ヴァンはもともと命をすてた死兵の集団「独角」の頭だったのが、体内に入った病素によって変えられてゆく。
医術師ホッサルと助手ミラルのカップルが医学の道を追求するとすれば、戦士ヴァンと狩人サエはこの世をまるで獣道のように駆け抜けてゆく。どちらのカップルもクールだが、何といってもヴァンのいさぎよい生き方には魅了される。
体の外と内との両面にわたる緩急自在の運びのなかで、著者の深い思索に裏打ちされた豊かな物語世界が、読者の心に、静かに広がってゆく長い余韻を残す。