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人間もまた一個の生き物であるという視点から命を問い直す物語


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上橋菜穂子『鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐』(KADOKAWA/角川書店、2014)


       


 著者三年ぶりの長篇小説。

 構想が生まれたきっかけは一冊の本だったという。フランク・ライアンの『破壊する創造者』。ウィルスがいかに進化に深く関わるかを研究した本。

 その本を読んだ夜、犬に噛まれてウィルスが体の中に入った男の夢を見たという。「目が覚めた瞬間、ウィルスのせいで体が変わっていっちゃう男のイメージが浮かんで、それを同じように噛まれたチビの女の子が”お父ちゃん、お父ちゃん”って引き留めようとしている光景が見えた」と著者は語る(「本の旅人」2014年10月号)。

 物語が生まれる時は、いつも、ひとつの映像が浮かぶと。『精霊の守り人』や『獣の奏者』を書いた時もそうだったと。これから描かれる物語のすべてがすでに含まれているのだと著者はいう。この小説は「人間もまた一個の生き物であるという視点から命を問い直す」物語であるとは著者のことば。

 複雑な物語だと聞いていたのでノートを取りながら読んだが、上巻が読み終わるころ、やっと気づいた。複雑なのは物語でなく、病の諸相なのだと。「病とは何であるのか、まだ知らない」ということばが重い(561頁)。

 薬が三種類に分けられるが、現代の用語でなく、本書のファンタジー世界の独特の用語になっている。「弱毒薬」はワクチン、「抗病素薬」は抗生物質と解釈して読んでいる。もうひとつの「血漿体薬」というのは現代でいうと何なのだろう。抗血清のようなものかもしれない。

 上巻は、未知の病とたたかう医療冒険小説のように思える。ヴァンとサエとホッサルと。活躍する人たちの像がすでに浮かぶが、下巻がどんな世界を見せてくれるか。