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冬のゲールタハトを訪ねて


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 以下は 2003 年12月から翌年1月にかけてのゲールタハト(ドネゴールコナマラ)訪問記です。初出は「冬のゲールタハトを訪ねて」(「クラン・コラ」2004年1月号)で、それに加筆し註釈を加えたものです。

発端

 2003年12月末から2004年1月初旬までアイルランドを旅してきました。きっかけは、リリス・オ・リーレ (Lillis Ó Laoire) が、フランキー・ケネディ・ウインター・スクール (FKWS = The Frankie Kennedy Winter School, Scoil Gheimhridh Frankie Kennedy) で初めて設けられた歌のクラスを担当するらしいという情報を、スクールの始まる一週間ほど前に聞いたことです。リリス本人に確かめると、確かにそういう依頼はあったが、まだ確定していないとの返事でした。それでも、たとえだめでも、これは千載一遇の機会になるかもしれぬと考え、飛び乗るようにして飛行機の乗客となりました。

 リリスシャン・ノース歌唱アイルランド語による無伴奏歌唱)*1 に関する世界最高の研究者で、歌い手としてもオ・リアダ杯(シャン・ノース歌唱の最高の栄誉)を獲得しており、かねてから教えを電子メールで乞うていました。

ドネゴール

 スクールが開かれたドネゴールの地 グィー・ドール (Gweedore, Gaoth Dobhair) は、ゲールタハト(アイルランド語使用地域)であり、道路にはゲールタハト地域開発庁の標識がありました。そのゲールタハトのど真ん中にある デリベグ (Derrybeg, Doirí Beaga) に泊まった翌日(聖家族の祝日 Féile an Teaghlaigh Naofa)、地元教区の教会のミサに行くと、全部アイルランド語で、まさに天にも昇る喜びでした。ミサを司式したブリアン・オ・ファリー司祭 (An tAthair Brian ó Fearraigh) は自分も FKWS のコンサートには行きたいと語り、時代は変わったと実感したことでした。

 スクールの前半の三日間は昼間は講習、夕から夜はコンサート、深夜はセッションと続き、後半の三日間はコンサートとセッションという具合で、のどかな地方からは想像もできぬくらいの超過密スケジュールでしたが、楽器をやる人もダンスの人も存分に楽しみました。今年は十周年にあたることから、各種メディアでもいろいろ報じられ、アイルランド語TV放送局TG4が取材に来て、二人の日本人、およびドイツ人がインタヴューされるということまでありました。今年日本から参加したのは計八人で、これまでで最多であった由。

 出席したシャン・ノース歌唱のクラスのもようについて触れますと、まるで詩の授業のようでした。リリスはもともと文学畑の出身ですが、何より、シャン・ノース歌唱は歌の言葉が分からなければ歌いようがないからです(歌詞によって旋律が変化)。ドネゴール・アイルランド語*2 の特殊な語形が続出する難しい歌のテクストを一連ずつ全員が読まされるのです。歌の最後までこれが続きます。これには音をあげるアイルランド人も何人かいました。ぼくももちろん例外ではないのですが、あとでリリスからこっそり、貴君は、あのつっかえたアイルランド人たちより十倍もましだからと変な慰めかたをされました。ともかくも、全員がテクストを読めるようになると、みんなでリリスに合わせて歌います。そのようにして、ある歌の種々のヴァージョンや、他の歌をうたいました。特に印象に残ったのは、お手本として録音をかける代わりに、この場合は実例がよいと、地元のブリアン・オ・ドーナル (Brian Ó Domhnaill) を連れてきて歌ってもらったことです。彼は、伝説の歌い手ローシャ・ナ・ナウラーン (Róise na nAmhrán) (RTEに録音あり)のヴァージョンを完全にマスターした、すばらしい歌声を聞かせてくれました。アイルランド語の響きの裏の裏まで汲みつくすような、悠然たる歌いかたでした。

 これまでドネゴール・アイルランド語を特に学んだことはなかったのですが、リリスが会わせてくれた トーリー島 (Tory Island, Toraigh) 出身の歌い手エーモン・マク・ルアリー (Éamonn Mac Ruairí) (名シャナヒーでもある)を始め、数々のすばらしい話し手と出会い、その豊かさに引きこまれました。アルタンとアイルランド語の関係でひとつ加えると、スクールのあいさつでマレードがアイルランド語で話したあと、英語に切替えたとたんに言葉につまって続けられなくなったのは印象的でした。おそらく、亡きフランキーのことを語るのに、英語ではとても表現できなかったのでしょう。よく似た体験は他でもしたことがあり、アイルランド語話者の人は、自分の奥にある事がらを話すときには自然にアイルランド語になるようです。それを英語に直すことはある種の苦痛なのかもしれません。

コナマラ

 FKWS のあとは、帰りの航空便までの数日を利用して、ゴールウェー経由でコナマラのゲールタハトに住む知人を訪ねました。ゴールウェーにある、アイルランド語を話すクラブで出会った若者から、コナマラはアイルランドのなかで<別の国>と言ってもよいくらいで、あんなに美しい場所は他に知らないと聞かされていたので、わくわくしながら西へ向かいました。ところが、道中、展開した風景は、その想像をはるかに超え、およそこの世のものとは思えぬほどで、火星と桃源郷とが合体した景観があるとすればまさにこれがそうだと感じました。特に水域の幻想性は格別で、本当に別世界に入ってゆくようでした。

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 やっとたどりついた キル・キアラーン (Kilkieran, Cill Chiaráin) で、目ざす ミホール・オ・クィグ (Mícheál Ó Cuaig) (現代最高の男性アイルランド語詩人の一人)の家を見つけるまでに数人に尋ねることが必要でした。家と家とが離れているし、表札もなく、目印になるものに乏しいのです。番地などありません。彼の家は大家族で、いったい誰が誰やら、にわかには頭に入らないほど大勢の人に出会いました。部屋数も多く、奥様(アイルランド語ラジオ放送局RnaGプロデューサーで、元女優)は 2004 年の夏にB&Bを開いて、当地の文化的旅行を主催したいとの希望を話されました。それもそのはず、このあたりは、シャン・ノース歌唱にとってはいわば「聖地」で、ジョー・ヒーニー (Joe Heaney) を始め、数々の名人が暮らしてきたし、今も暮らしている場所です。ここでやっと、学んできたコナマラ・アイルランド語のふるさとに行き着いたのでした。このあたり一帯こそは、きわめて歌い手人口の密度の濃い、特異空間なのです。

 2002 年の エラハタス・ナ・ゲールゲ*3 (Oireachtas na Gaeilge) でオ・リアダ杯を史上最年少で獲得した ブリージ・ニ・ウィルヒアラーン (Bríd Ní Mhaoilchiaráin) (現在28歳)が近くの カルナ (Carna) に住んでおり、ミホールが会わせてくれました。よく知った歌の未知のヴァージョンをうたってくれました。また、美しい声の持ち主の ジョニー・ワールティン・ラーリー・マク・ドノフー(Johnny Mháirtín Learaí Mac Donnchadha) の見事な歌も聞けました。それから、ミホールによればアイルランド最高のパイパーである ショーン・マクキアルナン (Seán McKiernan) に、パイプスを聞かせてもらったり、彼の師であるショーン・オ・リアダ (Seán Ó Riada) についての興味深い話をうかがいました。

 ミホール・オ・クィグの話すアイルランド語も英語も、猛烈な早口で、これが詩人の放つ弾かと感じました。これでも、英語を話す前には一瞬考えているそうです。一方では、1960年以前のアイルランド語を今に伝えるかと思われる近所のおばさんは、まったりとしたアイルランド語を話し、ぼくも話すテンポが合うことがあったのでした。このカーチーン (Cáitín) というおばさんは人間的にも非常に豊かな方で、そのことと、そのアイルランド語の響きの豊かさとは、結びついて感じられました。いろんな人から聞いた話は、書物などではまったく読んだことのない話が多く、口承の文化は人の声を通して伝わるという当たり前の事実を確認したことでした。

*1:シャン・ノース歌唱アイルランド語amhránaíocht ar an sean-nós といい、文字通りには「古いやり方による歌唱」だが、この用語をもちいる場合は、特別な意味合いがある。パダル・オ・リアダの定義によると、これは「千年以上前のスコットランドアイルランドの黄金期に栄えた古典音楽の最後の発展段階を表すものである」。つまり、クラシック音楽として究極の発展段階に達したもの(の一番下のレベルのものが現代にまで生延びたもの)である。その特徴は、ルールにのっとって歌われ、そのルールが変更されないことである。その点が、時代の潮流の影響を受けて無碍に変貌するフォーク・ミュージックとの最大の違いである。

*2:ドネゴール・アイルランド語アイルランド語には大きく分けて三種類あるが、そのうち北部ドネゴールで話されているアイルランド語のこと。発音、綴り、文法のすべての面で他の二種類と異なる面がある。細かく言うと、ドネゴールの中でも地域により違いがあり、例えば、トーリー島には独特の発音がある。

*3:エラハタス・ナ・ゲールゲアイルランド語ではふつう An tOireachtas と言う。本部はダブリンにあり、アイルランド語による歌や文学の大会を開催する。シャン・ノース歌唱の最高の賞、オ・リアダ杯 (Corn Uí Riada) が争われるのは秋の大会 (Samhain Festival, Féile Shamhna) で、ほかに春の大会 (May Festival, Féile Bhealtaine) もある。

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