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手にとってほしい歌集


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光森 裕樹『鈴を産むひばり』(港の人、2010)



 歌人 光森裕樹の第一歌集。知る限りでは本として手に入る唯一の歌集(2010)。たぶん第二歌集にあたる『うづまき管だより』は2012年11月にKindle版として出た。

 この本は、手に入れて以来いつも机のうえにあり、眺めるたびに自分の言語感覚が清みわたるような錯覚をいだくくらい、気持ちがよい本である。関宙明による装丁は簡素で、カバーも帯も栞もないけれど、活版印刷、一頁二首組、一行二十文字の歌集は、歌のことばがすっと立ち上がる書物の力を存分に発揮している。

 1979年兵庫県宝塚市生まれ、京都大学文学部卒業、第54回角川短歌賞受賞(2008)、IT企業の技術者という経歴を見て、何かの像がむすぶひとはむしろ少ないのではないか。

 本歌集をよむひとの脳裏に去来するのは、おそらく、特定の地域色がなく、文系理系の偏向もなく、賞を受けたという気負いもなく、IT技術を拠り所にするのでもなく、むしろ、それらすべての要素を包含しつつ淡々と、しかし感性鋭く詠う歌人の姿ではないか。

 日本とか世界とか、古いとか新しいとか、そういう評語をつかうのが馬鹿らしくなるような、飄々とした歌風である。ひとりのみずみずしい歌人が世界を呼吸しているような感のある、清々しい歌集である。


 伝統的な和歌の技巧にはないと思われる珍しい実験的な技法を使っている例をひとつ引こう。

国穝匡圧土十一・一十土圧匡穝国けふも王が玉座を吾にゆづらぬ

「けふも」の前の漢字の連続は「くにほろぶさま くにおこるさま」と読む。

 聖書学をやっているひとなら直ちにこれは交叉配列法(キアズモ)だと思うだろうけれど、ここは単なるあそびかも知れぬ。連作「黄金の馬脚」の一首。


 連作「火の曜日みづの曜日」から印象的な三首を引く。

擦れちがふすべての靴の裏側がやさしく濡れてゐるといふこと
半券を唇(くち)にはさみて暗闇を逃さぬための扉をひらく
映写室より放たるる錐体の底面にして北欧の海

 なお、本書は現在、Kindle 版も出ている。が、本書に限っては、ぜひ、本の手触りを実際に経験していただきたい。