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まほろ駅前シリーズ第2作。光る記憶の銀幕


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三浦しをんまほろ駅前番外地』(文春文庫) 〔2009〕

 

 東京都南西部の架空のまほろ市の駅前で便利屋を営む多田啓介と行天春彦の物語『まほろ駅前多田便利軒』は直木賞を受賞したが、それに続く連作短篇である。このシリーズはその後、第3作の『まほろ駅前狂騒曲』がある。

 本作では、多田と行天よりは、むしろその周辺の人物たちに焦点が当てられており、その意味でも「番外」篇といえる。いわば本篇にあたる第1作ほどの完成度は期待するほうが無理である。

 7つの短篇が収められている。「光る石」「星良一の優雅な日常」「思い出の銀幕」「岡夫人は観察する」「由良公は運が悪い」「逃げる男」「なごりの月」の7篇。前作にあった完璧な文体や唸らされる洞察、苦みばしったユーモアなどの要素は、いづれも薄い。

 7篇のうち小説として読ませるのは「思い出の銀幕」である。第1作で「予言」をする重要な役どころをになった、入院中の曽根田のばあちゃんの若かりしころのロマンスが主題である。そのころ、ばあちゃんは「まほろばキネマ」の菊子として、町で知らぬもののない看板娘だった。

 大正時代に菊子の祖父が建てた映画館はモダンな洋風建築で、上映される映画も名作揃いである。敗戦から二年が経っていたが、出征した許婚の曽根田徳一は帰ってこない。そんな中で出会ったチンピラ風の男との、まるで映画「或る夜の出来事」のような恋は、菊子にそれまで知らなかったときめきをもたらす。

 その恋はしかし、劇的な展開をむかえる。出征していた許婚が帰ってきたのである。菊子をめぐる二人の男の関係はどうなるのかとハラハラさせられるが、意外なことに、二人は奇妙な友情を結ぶ。どちらの男も戦争を体験していることから、<このひとたちは、死が日常となった世界を見てきたんだ>と菊子は納得する。

 おかしな三角関係を結ぶことになったけれども、ふりかえって曽根田のばあちゃんは後悔はしておらず、こう言う。

「一生、あの気持ちを知らずに過ごすひともいるだろうが、私は知ってよかったと思ってるよ」

と。多田と行天は、ばあちゃんの話は映画に似ていると思う。まるで「記憶の銀幕で像を結」んだドラマのような映画に。