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カムパネルラの言葉を読み解く――梨木香歩の「きみにならびて野にたてば」(第7回)について


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 梨木香歩が「本の旅人」に連載した「きみにならびて野にたてば」の第7回(2013年4月号)について。

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承前) 「アザリア」同人の河本の話。嘉内から完膚なきまでの拒絶を受ける賢治。梨木は嘉内の遺族に会って話を訊く。韮崎で嘉内の次男、保阪康夫から聞かされた、「アザリア」の創刊号を借りていったきり返さない林昭順のこと。その創刊号のゆくえを探し始める。林昭順はかつて雑誌「UR.」で見た林昇順そのひとであること。林昇順が採話したという昔話「日姫・月姫・星姫」。韮崎から帰る車中で銀河鉄道に乗っていると梨木が感じたこと。

 『銀河鉄道の夜』にはカムパネルラのふしぎな言葉がでてくる。「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだらうか。」

 これは唐突な言葉だ。わけがわからない。だがこれを、母を亡くした嘉内の苦悩を賢治がわがこととして感じ取ったことの顕れと、梨木は読み解くのだ。その例証として、嘉内に宛てた賢治の二通の手紙が引用される。法華経の力で嘉内を救おうとする賢治の真情あふれる手紙だ。

 一方では林昇順の追跡もつづく。そのなかでは、「日姫・月姫・星姫」が載った、F出版からの別の雑誌に寄稿していたあまんきみこ(児童文学作家)への電話が興味深い。〔評者の推測を述べると、これは福音館書店刊行の「子どもの館」1979/10、 Vol. 7、No. 10のことだろう。あまんきみこの「もうひとつの空」がその号に掲載されている。〕

 林昇順は北朝鮮のスパイではないかとひそかに疑っている梨木に対し、あまんは「まあ、文枝さん」と振り絞るような声で梨木の本名を呼び、「その方、林さん? お元気でいらしたら、いいわねえ!」というのだ。

 梨木はこの声を聞いて、自分から憑き物が落ちたような気がした。相手の安否も考えずただ「アザリア」を取り戻したい一心で追いかけてもだめなこと、賢治の善良さこそが永久不滅の輝きの一部であることに気づかされたのだ。

 詩人の矢崎節夫が詩人の金子みすゞの墓を探し求めた印象的な逸話もあまんに聞かされる。金子は不幸な亡くなり方をしていて、どうしても墓が見つからなかったのだが、ふしぎな雷雨のおかげでその墓が見つかったのだ。諦めずに探し続けたら、いつか必ずその人は見つかると励まされる。

 第7回も賢治の作品の謎解きや、「アザリア」の創刊号を持ち去った林昇順の追跡のなかで、賢治と嘉内をめぐる人間群像がくりひろげる数奇なドラマの数々が興味深い。そこに著者、梨木香歩がふかく関わるので、梨木ファンにとっても、ますます見逃せない小説になってきた。