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「銀河が流れ、星が輝やく」大空の下――梨木香歩の「きみにならびて野にたてば」(第3回)について


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梨木香歩「きみにならびて野にたてば」(連載第3回)

 梨木香歩が「本の旅人」に連載した「きみにならびて野にたてば」の第3回(2012年12月号)について。

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承前宮沢賢治と保阪嘉内との友情。その原点としての岩手山登山。銀河をゆく列車の夢想。

 初めて菅原千恵子著の『宮沢賢治の青春』に出会った頃、梨木香歩は予備校の教師をしながら文章書きの仕事をしつつ、自費出版で二冊の詩集を出していたこと。今の婚約者と知り合ったのはケベック州のある田舎町だったこと。惹かれたのは、思いが伝わることがうれしかったから。梨木は、長い間、その地の修道院で生活しており、久しぶりに外界に出たところだったこと。こうした作者個人の身辺の歴史が語られるのは、本筋に関係ないように見えるが、賢治と嘉内の間の感情の動きを説明するためになくてはならないものだ。

 賢治と嘉内との間に、思いが伝わるという稀有なことがおきた岩手山登山の場面。前回はそれが小説として語られたのだが、ふたりの会話はけっして梨木の空想などではなく、資料の裏づけがあることが今回あきらかにされる。

 二人が同人同士であった文芸同人誌「アザリア」(花の「ツツジ」 azalea からか)に書かれた歌や短編や、賢治が嘉内に宛てた手紙。さらにはのちに『春と修羅』に収められた賢治の詩などが引用される。菅原は<「アザリア」に発表された彼らの詩歌、文章の中に、その後の賢治文学のキーワードがあるとしている>。それに梨木は同意し、こう書く。

確かに、彼らの交遊からそれらのことばを照射すると、『春と修羅』のなかにあっても私自身の内部にさほど響かなかったそれらのことばが、まるで打たれたことのない内部の感官のキーを叩くように、新しい感覚器官の在処を指し示す、無視しようのないリアリティをもって迫ってくるのだった。

 
 こうして、賢治文学のキーワードとしての「電信柱」や「空」に隠された彼らの魂の交流が徐々に解き明かされてゆく。が、それは同時に、作者、梨木の魂のふるえをも記録するものとなっており、賢治文学のみならず、梨木文学に関心をいだく読者にとっても興味深い。「詩心」とは何か、という根源的な問いを、生身の人間群像を通してつきつけられるような文章でもあるので、読んでいて痛切な思いにも駆られる。