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「平凡な方歓迎」


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宮下奈都「新しい星」(「エソラ」vol.2所収、2005〔単行本未収録〕)

 

 「静かな雨」でデビューした宮下奈都のおそらく第3作。書き下ろしの読み切り作品を収める講談社の物語雑誌、「エソラ」第2号(2005年7月)に掲載された。

 不思議な味わいの話だ。何かから逃げてきたように見える女性が夜明け前の無人駅にいる。どういう経緯でそこにいるのか。

 駅の待合室で貼り紙を見つける。「集会所の管理人 急募」と書いてある。「平凡な方歓迎」と書いてあるところに目を留め、〈平凡と歓迎がうまく結びつかな〉いと女性は思う。仕事を探していたわけではないが、〈何かささいな案配〉のせいでその貼り紙に気を惹かれる。

 貼り紙には最後に「自信のない方優遇」とある。それを見て女性は〈だいぶ優遇されることになるだろうなあ〉と思った。

 午前九時になり、女性は応募したい旨を電話で告げる。採用試験は山の頂上近くでおこなわれ、歩いてゆくというと車で迎えに来てくれた。

 行ってみると、過疎の村で生きていこうと決意した年寄りたちの<新しい星>を求めているのだという。その意味は、自分たちの<配置を換えてくれる人がほしい>ということだった。

 老人たちが安心して生き、安心して死んでいくために何が必要かをよく話し合い、出た結論が星だった。<星、ですか>と訊くと、こう答が返ってきた。

そうです。医者だとか介護スタッフだとかケーブル網だとか、そういうものではなかった。いえ、インフラが必要なのはいうまでもないのですが、それ以上にここに足りないもの、どうしても必要なものは何かと考えました。人間関係は星座のようなものです。(略)新しい星が入れば配置が変わって、星座の枠組みが変わることだってありえるんじゃないかと、私たちは考えたのです。この年になって、昔からの仲間ともう一度新しい関係を結びなおせるかもしれないなんて、考えただけでなんだか胸が弾むんですよ

と。

 この風変わりな求人と謎の女性をめぐる物語は、人生についての寓話と読むことも可能だろうが、宮下奈都のスタイルは現実との接点をしっかり保ったまま、生きること死ぬことへの思索を深く静かに伝えてくれる。私たちは今いる場でも、新しい星となることはできるのではないかとの思いに駆られる。

 本作品に出てくる一人称代名詞の「うら」は福井や石川などの北陸方言らしい。宮下奈都は福井県の作家である。