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大倉崇裕の福家警部補シリーズの第一作


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大倉崇裕『福家警部補の挨拶』東京創元社、2008)

 

 推理小説の大部分は犯人探しのタイプ("whodunit")といわれる。

 これに対し、本書のような犯人が最初から分かっているタイプ("inverted detective story")もある。

 前者は手がかりが提供され、証拠をもとに、犯人の正体を割り出すことが読者に課せられる。

 後者は犯罪の遂行と犯人の正体が提供され、その犯人がのこした手がかりと証拠とを探すことが読者の責務となる。

 両者は方向は逆だが、最後の立証に至る証拠の部分は共通する。

 なかなかこの後者のタイプ(倒叙ミステリ)は書くのがむずかしい。刑事コロンボのノベライズをやったことがある大倉崇裕は本書において見事に成功している。

 収められた四つの短篇はいづれ劣らずおもしろい。中でも最後の「月の雫」は日本酒の醸造をめぐる薀蓄にあふれ、楽しい。特に、福家警部補が意外にもある面に強いことが明かされ、読者としては痛快きわまりない。

 この話の冒頭に応用が利きそうな文章がある。

佐藤は自信満々であるが、業界の評価は芳しくない。いくら腕のいい杜氏を引き抜いたところで、環境が調わねば良い酒はできない。まして、佐藤のように、酒の何たるかも理解していない社長の下では……

この文章の「杜氏」や「酒」を別の業種や組織スポーツなどに置き換えても成立しそうだ。