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ふたつの「核融合」とは


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松岡圭祐水鏡推理5 ニュークリアフュージョン講談社、2016

 

科学の不正研究をテーマとする「水鏡推理」シリーズの第5作。今回のテーマは「核融合」。

日本語の「核融合」という言葉には二つの意味があることを最後まで読んだひとは実感することだろう。

ふつう「核融合」を英訳すると nuclear fusion になる。本書の題名を見たひとはその意味だと思ってしまう。それで間違っているわけではない。

もうひとつの「核融合」は英訳すると karyogamy という。こちらは細胞核の結合のことだ。特に、精子卵子の中に入り両者の核が融合することをいう。

英語だとまったく違う言葉なのに日本語では同じ言葉。それは偶然なのか。偶然でないのか。

英語の nuclear には原子核の意味と細胞核の意味がある。日本語の「核融合」が両方の意味があることにふしぎはない。

著者の松岡圭佑はこうしたことを深く考えたのかもしれない。しかし、ふつうのひとは両者を関連させる物語など思いつかないだろう。(ちなみに、この種の多義語は著者得意の技法だ。例えば、『万能鑑定士Qの事件簿 X』に出る「ユニクロ」も二つの意味がある。ふつうのひとが一方の意味しか思い浮かべない語ほど効果的だ。)

本書はそういう意味でアクロバットのような要素がないこともないが、読み終わると両者は読者のなかで不思議な結びつきかたをしている。

いつにもましてスリルの要素が多いが、特に主人公の水鏡瑞季に、シリーズでも最大の危機が迫る。「不妊バクテリア」という妄想的な危険を瑞季に訴える謎の女。その「不妊バクテリア」を瑞季は勤務先の文科省のスーパーコンピュータの分析対象に入れてもらう。その部署での直属の上司はその直前に「核融合」を分析対象にする。これらのことは偶然なのか。

核融合」は人類の夢のエネルギーといわれて久しいがなかなか実現しない。日本は世界の中でも「少子化」に悩んでいるが解決策がなかなか見えない。

日本政府の予算配分は正しく行われているのか。予算獲得のために研究の不正が行われていないのか。

こうした課題について考えるきっかけを与えてくれる作品だ。