Tigh Mhíchíl

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McLeod's Reel の起源


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いよいよ今週土曜日、ポール&ハリーの来日公演が始まります。楽しみ。<最新情報> 金曜日に大阪で インストア・ライヴ。最新作 《...born for sport》 のサイン会も。インストア・ライヴは飛行機の到着の遅れにより中止になりました。残念。5日の大阪公演は予定通りとのこと。<追加情報>「スキポール空港閉鎖で、ダブリン〜アムステルダムアムステルダム〜大阪が両方とも欠航となってしまったのですが、現在、代替便で日本へ向かっている最中」とのこと(熊谷さん)。無事来て、札幌にも無事移動できるといいね。祈ってます。 <再追加情報> 一行は無事、到着したそうです。あとは公演を待つのみ。
楽しみといえば、同行するショーサヴ・オ・ニャハタンによるシャン・ノース・ダンスはすごく楽しみです。シャン・ノース・ダンスの定番伴奏音楽は <Miss McLeod's Reel> という曲なのですが、ニコラス・カロランがこの曲について、《Seoltaí Séidte》 に解説を書いています。1枚目のトラック5と22とに <Mrs McLeod's Reel> というタイトルで収められています。
その解説によると、もともとは <Mrs McLeod of Rasay> というタイトルで、18世紀後半のスコットランドのリール。起源はスカイ島である由。アイルランドでは一般に <Miss McLoud's> などのタイトルで知られている。<McLeod's Reel> に相当するアイルランド語の題は <Ríl Mhic Leoid>。
MIDI を鳴らしながら次の楽譜(source)を見るとおおよその雰囲気が分かります。
ところが、この曲の歴史をさらに探ると、興味深いことがいろいろ分かってきます。ブルーグラスのグループ Bluegrass Messengers は研究熱心で、この曲にまつわるいろんなことを調べています。そのウェブサイトによると、最初に印刷されたのは Gow 編の Strathspey Reels (1809)で、そこには "An original Isle of Skye Reel. Communicated by Mr. McLeod." という註があるという(36頁)。ええーっ、伝えたのは男性なんですかー。先に見たタイトルでは Miss か Mrs かの違いはあれ、女性だと思ってたんですが。
アイルランドでの同曲の人気は1779年にまで遡る。その頃、コナハト地方(アイルランド西部)で同曲が何らかの形で演奏されたということを、Berringer もしくは Beranger という名の外国人旅行者が記録しているという。一説には、コナハトで参加した "cake" ダンス(賞品が "cake")でこの曲が演奏されたとのこと。つまり、明らかにダンス・チューン。O'Neill は1913年の著で別の説を唱えていて、この Beranger なる外国人を楽しませるためにゴールウェーのパイパーが演奏した6曲のうちの1曲がこれだったという。ということは、必ずしもダンス専用ではなく、器楽曲だったということになる。近年、コナマラの郷土芸とも言えるシャン・ノース・ダンスにこの曲が愛用されていることを考え合わせると、ひょっとすると、同曲はコナマラあたりで200年以上続く人気があるのかもしれない。コナマラばかりでなく、この曲はドネゴールでも重要なレパートリーだったようだ。Mickey and Johnny Doherty の兄弟フィドラーの有名なセットで "Enniskillen Dragoons" と "Nora Criona" のあとに同曲がよく演奏されたという。このセットでは AAAE という珍しいチューニングが使われている由。すると、同曲がスコットランドはスカイ島に発するものとすれば、ドネゴールを経由してコナハトにまで伝わったのかもしれない。
アメリカでも、この曲の旋律は100年くらいの歴史がある。1909年のアラバマ州での新築記念パーティで同曲が演奏されたという記録がある由。アメリカではこの曲はさらに奇妙な歴史をたどる。詳しいことは省略するけれど、興味深いのは <(The) Campbells are Coming> というジグの曲と関係があるらしいと何人もの人が書いていることだ。8分の6拍子や8分の12拍子の曲と同一か、もしくは焼き直しとする説や、<Miss McLoud> と <Campbell> とが同一の起源に発するか、<Miss McLoud> が <Campbell> (あるいはそれのアイルランド版の <An Seanduine>)に発するとする説などがある。こういう話は、シャン・ノース・ダンスの革新者ショーサヴ・オ・ニャハタンがあえてジグで踊ったりすることと何かつながるかもしれない。つまり、アイルランドにおいて、同曲のジグ版も並存していたのではないかという仮説が思いうかぶ。これはどえらいことで、ヘレン・ブレナンさんの記述により同ダンスのステップはリールを基本とすると考えていた人はまた一から考え直さなければならなくなる。
リズムの話はこれくらいにして、最後に、チューンの旋律上の問題に触れると、Bayard の1981年の著によると、アメリカのフィドラーは概して主音(tonic)で同曲を終わるのに対し、イギリス諸島では音階の第二音でパートが終わる構成でよく演奏するという。つまり、上の楽譜のようにキーが G だとすると、アメリカでは G 音でふつうに終わり、アイルランドなどでは A 音で終わるということになる。A だと終わった感じがしないので、必然的に曲は延々と繰返されることになる。その種の旋律構造はアイルランドの曲では時々ある。一体、この曲の起源はどんなリズムでどんな旋律だったのだろうか。謎は尽きない。
関連リンク:
ポール・オショネシー&ハリー・ブラドリー
Miss McLeod's Reel (録音一覧)
Hop High Ladies- Version 5 (Bluegrass Messengers)

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