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Maile Meloy の 'The Proxy Marriage' を読む


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 米国の文芸誌 New Yorker の2012年5月21日号に掲載されたマイリ・マロイの代理結婚を扱う短篇小説 'The Proxy Marriage' は、まだ彼女の短篇集には収録されていない(村上春樹の日本語訳「愛し合う二人に代わって」が『恋しくて』に収められている)。

 高校の友人同士 William と Bridey Taylor の物語である。舞台は主にモンタナ州。ウィリアムはピアノ弾き。ブライディは歌が好きで女優をめざしている。

 この二人は恋人の関係ではない。ところが、ブライディの父親が弁護士をしていることから、ひょんなことで代理結婚の仕事を請負うようになる。高校を卒業してそれぞれの道を歩み始める二人の関係がどう発展してゆくのか。乾いた筆致で淡々と話は進むが、あるところから変化し始める。目に見えない熱が内側にこもり始めるのだ。

 代理結婚(proxy marriage)は新しい制度ではない。ヨーロッパでは中世の頃からある。「結婚式に際して当事者の一方が出席せず、その指定する代理人が代わって行う結婚」と『研究社新大英和辞典 第六版』はしるす。一方が従軍していて二人そろっての結婚式がむずかしい場合などが多い。特に、米国の若者がイラクアフガニスタンに派兵されだしたころから、代理結婚はめずらしくない。

 ところが、米国でもモンタナ州だけが当事者の双方が欠席でも代理結婚を認めている。実際に、19世紀以来、合法的に行われている。そこで、ウィリアムとブライディの二人が当事者双方に代わって代理結婚式を請負うことになる。

 この設定は理解できる。あくまで形式的なものだ。だけど、もしも、そのうちの一人が本当は相手と結婚したいと思っていたとしたら? その耐え難い苦悩を、さらりと描きだすマロイの文体はなかなかに魅力的だ。端的な事物(一種のリーエーリア realia)をぽーんと投げ出すかのように書くところはリチャード・ブローティガンのクールな筆致に似ている。

 だけど、ブローティガンと違うところは、クールな文体にやがて赤熱する息遣いが重なるところだ。その文体の緩急のつけ方はみごとである。

 著者の名前についてひとこと。村上春樹が「マイリー・メロイ」と書いたこともあり、その表記が一般的だが、著者自身の音声による説明 によれば、この姓は実はアイルランドの姓「マロイ」(Maloy, Malloy)であるとのことである。1972年生れで、カリフォルニア大学 Irvine 校で M.F.A. in Fiction を修得した。