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フランス幻想文学の始祖シャルル・ノディエ


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東雅夫編『幻想文学入門』ちくま文庫、2012)

 

 幻想文学を考える上で基本的な内外の文章を集め、それぞれに解題をしるした書。この方面に関心があれば大いに参考になるだろう。同じ編者による他の本(『火星の運河 江戸川乱歩のホラー読本』)に収められているものを除き、重要なものはほとんどすべて網羅されている。それでも、乱歩の幻想文学論はやはり収めてほしかった。『火星の運河』は絶版だから。

féerique から fantastique へ

 フランス文学ではフェリック(夢幻)、ファンタスティック(幻想)、メルヴェイユ(驚異)などの隣接概念の区別に腐心する。ロジェ・カイヨワの定義に基づき、著者は〈中世の寓話や伝説の世界は夢幻的もしくは驚異的で、近代のゴシック・ロマンスや怪奇小説の世界はファンタスティックである〉と割切る。〈一言をもってすれば、人間が奇蹟の可能性をほとんど信じなくなったとき、ファンタスティックが存在理由を示し出したのである。〉(19頁)この段階論はわかりやすいといえばわかりやすい(フェ(エ)リックは féerique で、英語では形容詞の fairy に相当する。)つまり、中世はフェ(エ)リックで、近代になってファンタスティックとなったというわけだ。

シャルル・ノディエは東洋を向く

 フランス幻想文学の始祖と仰がれるシャルル・ノディエの「文学における幻想的なもの 'Du fantastique de la littérature' で、ミューズに関しこう書いてあり驚かされる。〈(略)気ままな詩神が、印度からの最初の飛翔の足をとどめたのは生まれて間もないギリシアだった。〉(111-112頁) ギリシアのムーサ(詩神)が元はインドから来たとは大胆な論のように見えるが、そうでもない。「医学の父」ヒポクラテスはギリシア人だが、インドの医学のほうがそれに先行するという話は時々耳にするから、詩においてもそういうことがあってもおかしくない。言語のレベルでいうと、もちろんそういうことは大いにあり得る。

 ノディエの論はさらにすすんで、ホメーロスの『イリアッド』や『オデュッセイア』においては、〈あらゆるものが近東諸国人の発想形式の跡をとどめており、あらゆるものがその創造的根源の豊かさを示している〉(112頁)と断じる。つまり、西欧文学の叙事詩的始原にホメーロスをおいて考えるのは錯覚に過ぎず、その発想の根源は近東に求めるべしといっているようなものだ。

西欧抒情詩の淵源

 少しわき道にそれるが、叙事詩がそうであるとして、抒情詩はどうかといえば、これはあきらかに近東に起源を求めるべきであるというのはもはや定説になっている。西欧では12世紀のプロヴァンスに抒情詩の淵源をおくが、その元はアラブ世界にあることはすでに論証されている(T・J・ゴートン『アラブとトルバドゥール』など)。