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イチローの遺伝子がオンになった


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 イチローにしろ誰にしろ安易に「進化」の語を使うことに、ぼくは 本欄 で反対した。

 むしろ、村上和雄さん(筑波大学名誉教授)がいう通り、「大リーグという最高の舞台で、彼の眠っていた遺伝子がオンになった」というほうがはるかに説得力のある言いかただ。(「環境の変化でオンした最良の遺伝子」、「正論」産経新聞10月15日付)

 それは、イチロー自身のコメントも裏付ける。「自分の可能性が広がったと思うか」との問いに対し、イチローは「器が広がったとは感じていない。器の中でどれぐらい能力を発揮できるか。それが変わったと思う」と答えている(太字は私)。

 この認識は多くの人にヒントと勇気とを与えるのではないか。

 つまり、自分の持っているものはたとえ変らなくても、その持っているものをどれくらい発揮できるかということだからだ。もちろん、そこへ至るまでの努力は、前提としてある。

 村上さんの議論は説得力がある。最初、イチローはドラフト四位だった。つまり、あまり期待されてなかった。ところが、「彼の才能をここまで開花させたのは、いつでも最善、最高の準備をするという姿勢だ」。これなら、だれでも出来る。少なくとも、やろうとすれば出来る。もちろん、「加えて、父親や監督、コーチ、トレーナーとの素晴らしい出合いもある。そのうえに、一安打ずつ積み重ね、今日の偉業を達成したのである。」

 遺伝子学から見れば、イチロー選手のたゆまぬトレーニングが、彼の筋肉や運動神経の遺伝子をオンにしたのだと思う。事実、種々のトレーニングによってオンになる骨形成や筋肉の遺伝子を、私どもはいくつか同定している。


 しかし彼の成功は、決して物理的トレーニングによるものだけではないと考えられる。常に、一歩一歩高い目標をかかげて前進する姿勢に代表されるメンタルな面も大きな力を持つ。

 村上さんの言葉で美しいのは次の文である。

思いが遺伝子の働きを変える

 すなわち、「楽しい、うれしい、喜び、感動、感謝、信念、信仰などによって良い遺伝子がオンになる」ということである。

 それだけではない。「苦しみも、それを克服できれば、良い遺伝子がオンになることもあり得るのではないか」と村上さんはいう。

 遺伝子学者は「進化」などという言葉は安易に使わない。彼が使うのは、ただ、「前進」の一語である。私に言わせれば、これは「日々に新た」(湯王の「新日日新」)の姿勢である。不断の刷新の意志である。