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元気すぎる双子のライラとレイリの結婚式は圧巻


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森薫乙嫁語り 5巻』エンターブレイン、2013)

 

 ライラとレイリがいよいよ婚礼を迎える。まず、祝宴用に羊を下ろす場面。中央アジアの男の基礎教養だ。さばく前にまずは羊と神様に感謝してお祈りを捧げる。「慈悲深き神様の御名において」(コーランクルアーン〕の決まり文句)

 眉をつなぐ儀式。花嫁の右の母眉、左の父眉の間に墨をひき、両眉をつなぐ。「つなぐ眉は父母の愛、夫婦相和し幸多からんことを」

 宴会に列席したイギリス人スミスは隣の男性から「ところでこれは誰の結婚式だね?」と訊かれ驚く。何と道で声を掛けられたのだった。まさに聖書のような世界。近東の文化は長く息づいている。

 スミスは「ところで花聟さんたちはいつ来るんですか?」と訊く。ライラとレイリのふたごしか見えなかったから。すると、「まだまだだよ」と案内人のアリ。「この辺じゃ1週間は宴会やるんだから。その後もずっと披露宴だし」

 ほかに祖母バルキルシュの出てくる番外篇「岩山の女王」や、手負いの鷹をアミルが治療する話。鷹は「天の使い」として、その命に尊厳を認めて接するアミルの態度が遊牧民の伝統を感じさせる。

 

〔附記〕 羊をさばく場面は近東の人々の神への感謝、生き物への感謝の念が表れてこそいれ、なんらの差別的感情は見られない。本書を読んでいたとき、たまたま小山清『落穂拾い・犬の生活』(ちくま文庫)の巻末に出版社による注意書きを目にした。<本書のなかには、(略)「屠所に牽かれる羊の如き歩みで」という表現など、今日の人権感覚に照らして差別的ととられかねない箇所があります>とある。<特定の職業に対する負のイメージをあおったり、差別を助長するとの指摘がなされるようになりました>と説明される。現代の出版社も因果な商売と思う。これを問題にすることそのものが、宗教にからむ聖性への無理解ないし冒瀆と評者には感じられる。近東文化そのものである聖書に日頃親しんでいる人間にそのような「人権感覚」が生れるはずがない。