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Mac Giolla Bhríde


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 アイルランド語の姓には Mac Giolla + <名詞の属格> という構造をとるものがある。シャン・ノースの歌い手 Doimnic Mac Giolla Bhríde のような名前がそうだ。「ブリージの僕(しもべ)の息子」の意。

 Mac が附く前の形が元にある。たとえば、Giolla Íosa 「イエズス(イエス)の僕(しもべ)」。それに Mac が附いた Mac Giolla Íosa 「イエズスの僕の息子」に対応する英語の形 McAleese はアイルランド大統領の名前でおなじみである。

 僕(しもべ)というのは、誰(何)の僕であるかによって、意味が全く違う。普通の人の僕であったら、いわば従前の不名誉な状態を表すようにも見え、今でも姓に使うのはなぜだろうと思ってしまう。ところが、ここに見たような名前は聖ブリージとか、イエズスのように、聖人の名前や神的な名前である。そのような人に仕えるというのは普通の意味ではない。ある意味で、宗教的な帰依や信心を表すといってもよい。その宗教の信徒であるにまことにふさわしい名前と言える。

 さらに、キリスト者にとっては、このような僕(しもべ)というのは、積極的な意味合いを有する。新約聖書のマルコ 9.35 のような言葉が連想される。英語でもローマ教皇を指す servant of the servants of God という表現が知られている(ラテン語の servus servorum Dei に相当)。

 以下、このタイプの姓を少し挙げてみよう。多くは、(Mac) Giolla + <聖人名あるいは神的名称の属格> という構造をとるが、中には世俗の(人)物を表す名詞の属格が来るものもある。その場合は、不名誉な姓という感覚は今でもあるのだろうか。

Mac Giolla Bhríde
Mac Giolla Chuda
Mac Giolla Ghunna
Mac Giolla Iasachta
Mac Giolla Íosa
Mac Giolla Mhártain
Mac Giolla Phádraig

 まず、聖人名から。

 Mac Giolla Chuda の姓を有するフィドル奏者のことなどが純さんのブログに出ている。Cuda は聖カルハハのこと。こちらを参照。

 Mac Giolla Mhártain の Mártan は聖マルティヌス。

 Mac Giolla Phádraig の Pádraig は聖パトリック(パトリキウス)。こちらを参照。

 続いて、世俗の関連名から。

 Cathal Buí Mac Giolla Ghunna は有名な<An Bonnán Buí>の詩を作ったことで知られる。gunna は英語の gun に当たる。とすると、銃砲類を扱う(人の)召使という意味が元々だったのだろうか。この姓に由来すると思われる様々な綴り(MacGilligan など)についてはこちらを参照。また、この姓は Mac Giolla Dhuinn (褐色の髪毛の召使の息子の意)という綴りと同じであるというもある。この類例で、giolla の後に色を表す形容詞を使った名には、Mac Giolla Rua などがある。

 Mac Giolla Iasachta の場合も神的な名とは違い、12世紀頃のある故事にちなみ「外国生まれの者」「外国人」「よそ者」の息子の意と言われるが、はっきりしない。*1 英語の形では MacLysaght などに相当する。

 他にも様々な例がある。一般的な解説としてはこちらなどが参考になる。

 上に上げた人名について、主格の形の右に Giolla に続く(属格の)形を並べて、まとめておこう。普通名詞は省く。

Bríd → Giolla Bhríde
Cuda → Giolla Chuda
Íosa → Giolla Íosa
Mártan → Giolla Mhártain
Pádraig → Giolla Phádraig

*1:giolla iasachta 全体が ón iasachta [from outside, from abroad] という意味の句と解釈されている節がある。iasacht は現代アイルランド語では「貸出し、借用」の意だが、たとえば英語でも外来語の意味で loanword と言ったりする

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