ムースクリー(マスケリー)の歌唱伝統を知るのに恰好のシャン・ノース CD Cú-cú-ín をレビューする。
目次
データ
- Máire Ní Cheocháin: Cú-cú-ín (Acamhadh Fodhla 2, 2006)
- rating: *** 1/2
- sound quality: ***
- dlúthdhiosca 1
- Cú-cú-ín
- Cití na gCumann
- An Gamhain Geal Bán
- Bun Ros na Coille
- An Goirtín Eornan
- An Cóisire
- Dónall Óg
- An Habit Shirt
- An Chúil Duibhré
- Do Thugas Grá Cléibh Dhuit (Thugas Grádh)
- Maidin Luan Cásca
- An Cailín Aerach
- Sail Óg Rua
- An Spealadóir
- Seal do Bhíos
- "Ó Hí, Ó Hí", Deir a Bhó (Ohí Ohí)
- An Bínsín Luachra
- An Díleachtaí Fáin
- Dá bPósfainn Bean Rua
- An Seanduine (Bog Braon)
- Gog, Gog
dlúthdhiosca 2
- An Chúilfhionn
- An Gamhnín Bán (An Gamhainín Bán)
- Cois Abhann na Séad
- Seáinín dá bhFaigheadh
- Caitlín Triail
- Aililiú mo Mháilín
- Eibhlín, a Riúin
- Ná Beadh Buachailín Deas age Síle
- Baile Mhúirne
- A Mháire Bhán Óg
- Seo Leó Thoil
- Ceol Arsa 'n tAsal
- Deirín Dé
- Seán Buí 'n Píobaire
- A Mháire Ní Laoghaire
- Fáinne 'n Lae
- Cailín a' Chúil Chraobhaigh
- Úna Bhán
- Aonach Bhearna na Gaoithe
- Casadh an tSúgáin
- An Dord Féinne
- An Raibh Tú ag an gCarraig
- Gog Gog Ceol
内容
1951 年のエラハタス(アイルランド語芸術年次大会)で金賞を獲得した大歌手の初のアルバム。二枚組に 44 曲を収める。エラハタス金賞とは、現在のエラハタスのオリーアダ杯に相当する、シャン・ノース歌唱の最高賞。当時のマンスター特にムースクリー地域の歌唱伝統を今に伝える非常に貴重な選曲。恐らくマンスター・アイルランド語話者向け。
総評
万人向けの盤ではない。向くのは次のどれかに該当する場合に限られるだろう。
一、マンスター・アイルランド語文化に関心がある人。
一、特にクール・エーの文化に関心がある人。
一、エリーシュ・ニフーラウォーンの歌い方が好きな人。
一、シャン・ノース歌唱史やエラハタス史に関心がある人。
一、マンスターの歌唱伝統に関心がある人。
一、二十世紀中葉のアイルランド語文化に関心がある人。
いずれにしても、アイルランド語だけの資料でも構わない人でなければ、本 CD には取付く島もない。英語話者のことは全く念頭にない感じがする。けれども、努力して接近するだけの価値はある歌の宝庫である。これほど優しい歌声のアルバムはめったにない。たとえば、1枚目のトラック 20 'An Seanduine (Bog Braon)' をポードリキーン・ニウーラホーンの歌いかたと比較すれば、ポードリキーンがややぞんざいに思えてくるくらい。モーィラの心の籠めかたは歌い手の鑑だ。
1925年、モーィラ・ニヒョハーンはクール・エーに生まれ、同地で育った。モーィラが過ごした家は、のちにショーン・オリーアダ夫妻の暮らす家となる。ショーンの息子パーダルが本 CD をプロデュースし、一文を寄せている。モーィラは十代後半にして既に歌い手として高名であったと。彼女が歌の宝庫であることはコレクターたちには夙に有名で、例えば、アラン・ローマックスとシェーマス・エニスが収集した World Library of Folk and Primitive Music -- V. 2: Ireland にも 1 曲収められている(Cois Abhainn na Séad)。彼らの伝統音楽調査が敢行されたのが、1951年、即ちモーィラがエラハタス金賞を獲得した、まさにその年のことである。つまり、彼らはその時アイルランドで最高の歌い手の歌を記録していた。これを歴史に残る偉業と言わずして何と言おう。ニコラス・カロランがこのローマックス盤の復刻に狂喜したのは当然である。同アルバムではモーィラは Maire Keohane とも表記されている。
ただ、歌い手にもやはり華のときがある。当時はモーィラは二十代後半、ちょうどラーサリーナが売出した年頃だ。歌い手として乗りに乗っている時だ。この歌 'Cois Abhainn na Séad' は本 CD にも収められてはいるが、金賞獲得後、半世紀も立てば、高音が少々出なくなったとしても誰が責められよう。
それよりも、齢八十にして、なおも中音域の輝きで聴き手を魅了する、現役のシャン・ノース・シンガーであられることを、寿ごうではないか。そんな気がしてくる。アイルランドで歌を大事にする人々は、こういう歌い手をこそ大事にする。
聞きどころ
じっくり耳を傾けるべき曲は多いが、一曲だけ挙げろと言われれば、'An Seanduine' (Bog Braon)。
もう一曲挙げてよいなら、'A Mháire Ní Laoghaire'. これは、ショーン・オリーアダ(オリアダ)の不朽の名著 Our Musical Heritage の第一章に例示されている歌である。願わくは、モーィラ全盛時の声で聞きたいが、それが叶わぬならこれを。オリーアダは次のように書き、シャン・ノースが到達しうる究極の姿と絶賛する。
ここに書かれている通り、この種の歌は極めて精緻で複雑な構造を有する。断じて「鼻歌」などでもなく、個人の愛唱歌レベルのものでもない。その背後に隠された音楽的構造の洗練は、オリーアダのような分析を経て一部が明らかにされている。シャン・ノースの歌はアイルランドの歌唱芸術の中で、いや世界の歌唱芸術の中でも最高度の洗練を有する。その洗練を聞取るには、聴く側にも備えが必要である。1998年2月18日、リムリック大学アイルランド世界音楽研究所は、モーィラと、その娘で歌い手(本 CD でも一部で聞ける) Gobhnait とを、シャン・ノースの催しに特別ゲストとして招いた。同研究所は、エリーシュ・ニフーラウォーンを特別研究員として招くなど、マンスターのシャン・ノース研究では先駆的立場にある基幹研究機関である。
なお、1枚目トラック1(タイトル曲) 'Cú-cú-ín' はモーィラのレパートリーで最も有名な歌である由。モーィラ自身の解説によると、この歌は対話詩(agallamh beirte)とも言えるという。実は、対話詩の分野ではクール・エーの辺りが全愛で最も有名で、毎年のエラハタスの同分野競技会では圧倒的に強い。
もう一曲、どうしても触れておかねばならぬのが、上に挙げた 'Cois Abhainn na Séad'. この有名な曲については項を改めて簡単に比較する。
シャン・ノース歌唱に関心がある人なら全員が持っていると思われる Amhráin ar an Sean-Nós (RTE CD 185, n.d.) にも1曲 'An Cailín Aerach' (1959年の録音)が収められている。これは全盛期の声と考えてよい。同アルバムの解説で Ian Lee は、モーィラの歌唱は、方言の差を別にすれば、コナマラの最高の女性歌手を想起させると書いている。このアルバムは各地のゲールタハト(アイルランド語使用地域)の最高のシャン・ノース歌唱の例を集めたものであり、モーィラの歌唱は中でもずば抜けている。この歌は本 CD にも収められている。
入手先、試聴
ダブリンの Claddagh Records で入手、試聴できる(検索で 'Ceocain' と入力)。
また、マスケリー在住のパダル・オリーアダのところでも入手できる。なお、パダルのところでは歌詞の本附きの版も手に入る。パダルはショーン・オリーアダの息子で音楽家。
映像
歌唱映像ではないが、モーィラが話している映像を見ることができる。Agallaimh na hÉigse のビデオ第一巻の最後のほう(58分くらい)のところに、モーィラが出てくる。想像通り、矍鑠たる話し方である。このビデオは三巻物で、アイルランド語の対話詩歌の実例とコメントとを集めたもの。Comhlachas Náisiúnta Drámaíochta が発行している。