「戴冠前の聖母」(マリア十五玄義図) Mary before coronation
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京都大学総合博物館所蔵の「マリア十五玄義図」について
この図について「教義上の誤り」の語が2006年の公開時に使われたことがある。2006年2月21日付の産経新聞大阪本社版夕刊に明記されているので、簡単に書いておく。結論から言うと、栄えの第四玄義に関わる。その記事は京都総局の山上直子さんの署名入りで、2月1日付の記事より少し詳しい。
「戴冠前の聖母がすでに冠をかぶっている」のは栄えの第四玄義の図だ。これが「教義上の誤り」とされているのは、第四玄義は被昇天(マリアが天に上げられること)の段階であり、第五玄義での天の聖母の載冠がまだ起きていないはずであるから。
天の女王たるマリアの教義が、戴冠の前提となる。ネメシェギ神父はその思想は13世紀から起こると述べるが、すでにダマスコの聖ヨアンネス(7-8 世紀)は「女王」マリアと書いている。
この思想が教義として公式化されるのは 15 世紀のシクストゥス4世の教書(Cum praeexcelsa、1477年)が最初と思う。
このことは、その後も、ピウス 12 世による教皇令(Munificentissimus Deus、1950年 〔DS 3902〕)や回勅(Ad caeli Reginam、1954年 〔DS 3913-3917〕)で確認されている。ただ、「冠」の語そのものは、これらの教皇令や回勅には出ない。冠はあくまで女王のシンボルである。
ネメシェギ神父が指摘する通り、「マリアが天においてキリストから天の女王として冠を受けた」とする、13 世紀に現れた思想は、その後の冠の図像化の由来にはなっているが、このことそのものが厳密な意味での「教義」(dogma)とは謂えない。従って、「教義上の誤り」は言い過ぎで、(伝統的)慣習に反する、つまり伝統に反すると謂うのが神学的には正確である。神学ではドグマは厳密に扱われる。教義はピウス 3 世による大勅書(Ineffabilis Deus、1854年)のように、教義宣言される(DS 2803)。
カトリック新聞(2006年2月15日付)には次のようにある。