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弥勒菩薩の帰属をめぐる日中の攻防


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松岡圭祐『万能鑑定士Qの謎解き』

 

「万能鑑定士Qシリーズ」通巻二十冊目。のちにシリーズ全体を振り返れば莉子と悠斗の関係に大切な変化が訪れた巻として記憶されるだろうと、神谷竜介は解説に書く。そうかもしれない。

 2014年5月刊である。社会の最新の事情が反映されている。

 日中で帰属をめぐってもめている奈良時代のふたつの文化財をめぐる物語である。予想される通り、両国とも自国に起源があると主張し、相手側にあるそれの返還を求めている。

 ひとつは日本の福岡にある弥勒菩薩像。いまひとつは中国の北京にある瓢房三彩陶。両国の学会の対立が先鋭化し、重大な外交案件となりかけている。

 そこで、両国の専門家による非公式な「洋上鑑定」が行われることになる。物語はその場面あたりから急速に動き出す。鑑定の専門家としての凜田莉子と、角川の記者・小笠原悠斗とがその緊迫する情勢に巻込まれてゆく。舞台は日本と中国とにわたる。

 章が短く切られ、読みやすい。というか、読みやす過ぎるきらいもある。これまでの本シリーズにあった「味」のようなものがやや希薄に感じられる。膝を打つ知識や情報が豊富に織込まれ、莉子の論理思考が冴えるという面はそのままであるが。今後、ふたりの関係がどうなるのかが気になる。

 神谷竜介の解説に「日中歴史共同研究」が紹介されている。そこで明らかにされたこととして、「国民性、社会風潮、教育、思考パターンなど、歴史認識には多くの要素がからむため、双方に双方の正義と思惑があり、どちらかを一方的に独善とは言えない」とある。示唆に富む指摘である。

 コピア(天才的贋作者)が莉子に謎かけをする。莉子の思考が壁に突き当たることがあったとしたら、おそらく「のろまを自覚しているペンギンを、すばしこさに自信のあるシロクマは、決して捕まえられない」というのだ。この謎かけは本書の中で明らかになる。