中村保男、谷田貝常夫『英和翻訳表現辞典』
中村保男らによる『英和翻訳表現辞典』にはいろいろな種類がある。ここに取上げる最初の版(1984〔これは1978年から順次刊行されていた3巻本を一冊にまとめ増補したもの〕)以外に、200頁以上増補した『新編 英和翻訳表現辞典』(2002)、基本語句や基本表現に重点を置いた『英和翻訳表現辞典 基本表現・文法編』(2008)など。
いづれも、英和辞典で物足りない人のために、英語と現代の生きた日本語との間に橋を架けようとする本である。辞書編集にはいろいろと制約があるので、それを生きた日本語のため、あるいは翻訳(英和、和英)のため、あるいは一般読者のために丁寧に開いて書いている。したがって、これだけで足りるものでもなく、辞書類と併用すべきものであろう。
従来の英和辞典に書かれていない語義を新たに書くという意味では「新語義辞典」の性格を有するが、それにくわえて、従来の語義の「訳し方」がお座なりであるのを正す意味がある。この「訳し方」というのは、英英辞典の記述の「訳し方」のことである。そうやって多くの英和辞書が執筆されていることを知らない読者のために、語義を生きた日本語で書こうとしたものである。それも辞書のように列記方式ではなく、文章記述方式で。
だから、本書は、引いてもよいが、読み物として通読してもおもしろい。むしろ、著者は実用的な辞書として引くより通読することを強く読者に勧めている。
ところで、中村保男といえば SF の翻訳でも有名である。かりに、彼の訳書で「未確認飛行物体」でなく見慣れぬ「正体不明飛行物体」(いづれも UFO [unidentified flying object] の訳)の表現に出くわしたら、そのわけは本書の 'identity' の項に書いてある。この語を砕いて表現すれば「正体」「本体」「素性」の意だという意見は理解できるのだが、今や SF ファンの頭は「未確認飛行物体」のほうに自動的に反応するようになってしまっているので、正論が通るかどうかはむずかしいね。