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「遠い曲」に出会えるよろこび


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権藤芳一『平成関西能楽情報』

 

 関西演劇評論の重鎮による関西能楽界の現状と展望をまとめた書。

 平成にはいってからの評論をまとめてあるので題に「平成」とつく。能楽専門誌に掲載されたものが中心なので、ひとつひとつは短く、読みやすい。

 創見に満ちている。二つだけ例をあげる。

 著者は三十年間、京都観世会に勤めている間、「ほとんど能が見られなかった」と書く。嘘のように聞えるが、実は本当なのだ。京都の観世会館では土日祝日は必ずと言ってよいぐらい能の催しがある。すると、大阪の能楽堂でどんなよい能会があっても出かける訳にいかない。観世会館の催しも客席にすわってじっくり見ることも出来ない。京都観世会を退職してはじめて、いろいろ能を見ることが出来るようになったという。ばりばり活躍している間はその対象にはなかなか関わる時間がとれないという問題がある。世の多くの専門家のかかえる問題だろう。

 「遠い曲」とはあまり見る機会のない曲のことだ。多くの演者はどうしても「いい曲」をやりたがる。必然的に似たような演目が並ぶことになる。だけど、珍しい曲も、実はつまらないことはなく、見てみると、なかなか面白いことがある。そういう曲と出会えるよろこびは格別だ。そのような例として「室君」があげられている。これも芸に関わる共通の問題だろう。

 評者が関わる分野にからめてコメントをすると、膨大なシャン・ノース曲目を収集し取材することに時間のほとんどをとられ、じっくりと鑑賞するゆとりがない。歌われる曲目はいわゆる「大曲」が多く、それ以外の珍しい曲はなかなか聴く機会がない。一般に市販されるのはその何十分の一だから、収集取材をやめる訳にはいかないが、知られざるよい曲に出会うよろこびは何物にも代え難い。

 

平成関西能楽情報 (上方文庫)

平成関西能楽情報 (上方文庫)