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ジョブズの伝記がフレッシュに生き返った


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ウォルター・アイザックソン、ヤマザキマリスティーブ・ジョブズ(1)

 

 ウォルター・アイザックソンが書いた伝記『スティーブ・ジョブズ』をヤマザキマリがマンガ化。一言でいって、大変おもしろい。原著を読んだ人でも目を開かせられるだろう。

 原著はジョブズの生涯をかなり詳しく丁寧にたどるのだが、このヤマザキマリ版はジョブズの生涯がまるで走馬灯のように見えてくる。つまり、記憶のけしきに明滅する光のようにジョブズの生涯のハイライトがつぎつぎに浮かび上がってくるのだ。マンガによる伝記がこんなに陰翳ある光を人間に当てるとは思いもよらなかった。

 第1話「出会い」は養子として育ったスティーブがもう一人のスティーブ、スティーブ・ウォズニアックに出会うまで。自分を特別だと思うスティーブはそれだけの知能の裏づけがある。小学校4年生が終わる頃に実施された知能検査でスティーブは高校2年生レベルの成績を残した。だが、そういう子供は往々にして理解されない。そんな彼がやっと出会ったソウル・フレンドとなるのか、もう一人のスティーブは。

 第2話「ふたりのスティーブ」はジョブズとウォズの二人がいかにいたずら好きかということ、そのいたずらの中から後のアップルへの萌芽も生まれていることなど。よく知られている話ではある。交換機と同じトーンを出す機械を作ってタダで長距離電話をかけたりしている。その発想の元はシリアルのオマケの笛とのことで、なになに、と気になる。原著をひっくり返す(実は Kindle 上だが)と、あった。

he [John Draper] had discovered that the sound emitted by the toy whistle that came with the breakfast cereal was the same 2600 Hertz tone used by the phone network's call-routing switches. (p. 27)

やっぱりこの笛は 'whistle' だった。笛吹きの人は喜ぶところ(評者も 'whistle' コレクションをしてます)。

 第3話「ドロップアウト」はガールフレンドと同棲するため家を出るところから始まる。そして、1972年、リード大学(Reed College)に入学する。オレゴン州ポートランドにある大学だ。持って行った荷物はボブ・ディラン海賊盤テープ(オープンリール・テープ)と本 Be Here Now だ。ディランさえあれば「俺はどこでもやっていけると思ってサ」とジョブズはルームメートに告げる。本のほうは1971年に出たばかりのヨギ Ram Dass の有名な本だ(評者も愛読した)。

 ジョブズはそれから禅の本をたくさん読むようになる。坐蒲で瞑想したりもしている。これは一時の気の迷いなどではなく、ジョブズには非常に重要なものだったと思われる。「ぎりぎりまでそぎ落とすミニマリスト的な美の追究も厳しく絞り込んでゆく集中力もジョブズが禅とかかわった事が大きく影響していた」のだ(116頁)。

 ジョブズはこのことについて伝記作者にこう語っている。

抽象的思考や論理的分析より……直感的な理解や意識のほうが重要だとこの時気づいたんだ (116頁)

 ジョブズは大学の必修科目には興味がなかったが、カリグラフィーのクラスは特に気に入っていた。隣り合う文字の組合せに応じて間隔などを微調整したりする。「この時もジョブズはアートとテクノロジーの交差点に立とうとしていた」のだ(124頁)。後にマックに複数種類のフォントが搭載される起源がここにあったことはよく知られている。

 ジョブズはこの時代、禅とともにLSDを意識改革の効果の点で評価していた。「金儲けとは関係なくすごいものを作る事 色々な物を歴史という流れに戻す事……そうわかったのはLSDのおかげである」としている(126頁)。

 第4話の直前におもしろいページがある。ちょっと失礼してそこだけ画面写真を(下)。これ、マンガならではの表現だけど、すごくよく分かる。

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[Jobs and tapes]

 

 第4話「アタリとインド」はアタリ入社とインド旅行。ヒッピーそのもののジョブズを雇ったアタリ。しかし、しばらくして退社してインドへ行って導師を探す決意をしたジョブズ。どっちもどっちだが、おもしろい時代だ。ジョブズはガンガー源流に近い西部の街ハリドワールへ向かう。そこは聖人だらけだった。しかし、それはジョブズの求めるものでなく、さらにヒマラヤ山脈を目指す。ヒマラヤのふもとのアシュラム(ヒンズー教の修行所)でラリー・ブリリアントに会う。後にグーグルの慈善事業部門とスコール財団(*)を統括する人物だ。 (* eBay の初代社長ジェフリー・スコールがつくった社会起業家を支援する財団。)

 インドで出会った聖人にジョブズがされたこととは。いやあ、原作を読んだ人でも二度たのしめる。続篇が楽しみ。

 

スティーブ・ジョブズ(1) (KCデラックス Kiss)

スティーブ・ジョブズ(1) (KCデラックス Kiss)