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もはや温泉比較文化マンガの域を超えて


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ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエV, VI』

 

 第5巻と第6巻とを合わせて。

 第5巻ではルシウスはほぼ日本にいずっぱりである。伊藤の温泉街のためにからだを張って奮闘する。温泉の基幹技術をまなび、裸馬に乗る技術を披露することで本物の古代ローマ人かもしれないとさつきに思わせる。温泉街を再開発しようとするやくざが起こす騒動やベン・ハーばりのチャリオット・チェイスなど、もはや温泉比較文化マンガの落着きは吹っ飛び、一大スペクタルに近づいている。それもこれも、クライマクスを作ることで本作を終わりに導こうとしてのことだろう。

 そして第6巻ではさつきがついに念願の古代ローマにタイム・スリップする。が、すでにルシウスが仕えたハドリアヌス帝は最期の入浴を迎えようとしていた。はたしてさつきはルシウスに会えるのか。

 本シリーズをふりかえって、第1~第3巻は温泉比較文化として日本や古代ローマの風呂や水周りの再発見の興味が大きかった。第4~第6巻はルシウスが日本のラテン文化理解者さつきに出会うことで、双方の温泉文化のことをお互いが考えるという展開になった。最後のほうはまるで「たんぽぽ娘」のような時間旅行SFの夢の世界に突入する。

 広く言えば異界譚の系譜に属するのだろう。ただ、ルシウスの場合は、時空を超えることで異文化接触の刺激をお互いにもたらすということが、往復する間に何度も起きるところが面白い。ふつうの異界ものだと行ったきりか、行って帰っておしまいというのが多い。それはえてして悲劇に終わるが、まれに幸せな結末のこともある。本作のように、継続的に両世界に互恵的な影響を与えるタイプというのはめずらしい。

 作者の隠された(?)嗜好である「ダシの効いた謙虚で寡黙なオッサン」像は、本作では何といってもさつきのお爺さんである、整体と鍼灸のプロフェッショナル、鉄蔵がその典型だろう。近作の『スティーブ・ジョブズ』も実はその渋いオッサン味と関係があるだろうか。 

 

 

テルマエ・ロマエVI (ビームコミックス)

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