〔蔵出し記事 20051228〕
久しぶりに、いとこがシェフをやってる「シェ リュック」(大阪・なんば)に行って来た。いつ行っても新しい発見があるし、ふかーい満足感に浸される。食の原点に還るような気がする。〔現在は名称は「Hanchika」に変更され、シェフの弟子がオーナーとなっている。〕
サラダと水と無農豚
今回の発見は、サラダと水と無農豚だった。いずれも、他ではなかなか味わえないものだ。
まず、サラダだけど、結論から言うと、「あつあつクロタンのパイ包み焼き ・ サラダ仕立て」(1,630円)は絶品だった。こんな旨いサラダはかつて食った記憶がない。サラダというと、前菜において野菜分補充部隊(ないし食物繊維補給隊)という位置づけをまず感じてしまうが、これは独立して鑑賞に堪える一品だった。シェーブルのチーズをパイで包んでこんがり焼き上げ、たっぷりのサラダの上に載せたもの。上も下も抜群に旨い。値段は決して高くない。二人で食べてもちょうどいいくらいの量があるから。
野菜類の満足度
これだけでなく、シェ リュックは、ふつうの西洋料理ではなかなか経験できないほど、野菜類の満足度が高い。この話をするために、ちょっと脱線する。
「食の文法」という言葉がある。食にも言語と同じく主述の関係、換言すれば主副の関係ないし主従の関係が認められるという考え方を表す五明 紀春さん(食物栄養学)の用語という。平たく言えば伝統的な食べ方、先人の残した知恵である食べ方の基本構造のことである。
日本の食の基本は「ご飯とおかず」、これが主食と副食になっている。これに対し、西洋の食の基本は「肉と野菜」が主副の関係にある。パンは添え物。中心は肉、そのまわりにジャガイモや人参、ブロッコリなどの野菜。
アイルランドの食
2005年にアイルランドで食の冒険をさんざんして、各地の評判の店を回ったけれど、一ヶ月にわたり味わわされた家庭料理には正直いって閉口した。毎日毎日肉プラス芋のワンパターンで、食べ続けるうちに、「もっと野菜が食いたい」との思いが爆発しそうになっていったのを覚えている。
どんなに旨いレストランに行っても、その思いは残る。いかにメイン料理が旨くても、野菜が不足する感じがどうしても残ってしまう。量的には野菜や芋が十分出ていても、あまり旨くないために量が食べられないのだ。はっきり言えば、あれほど不味い芋を食べ続けていると厭になる。
メインへの助走としての野菜
ところが、シェ リュックは違う。野菜や芋類が抜群に旨いうえに量もたっぷりあり、野菜類だけでおなかが一杯になりそうになるのだ。が、実際には満腹はせず、メインへの助走としての力をたっぷり与えられ、気力充実の状態でメインに向かえる。
シェ リュックで出てくる野菜は有機野菜だし、芋は鹿児島の甘い安納芋。前者は絶妙のドレッシングと共に、後者は少し塩で味付けしただけで出てくるが、旨いのでいくらでも食える。
こういう例だけとってみても分かるが、シェ リュックでは食材で全く妥協していない。本当においしいものなら空輸してまで使っている。これで黒字になるのか心配になるくらいだ。いや、まじめな話。
アイルランドでもこれくらいおいしい芋や野菜を使えばもっとレベルがあがるだろうと思う。メインの料理は特にコークなどにおいてすばらしい発達を遂げているが、「副」の充実度はまだまだだと感じられる。
水
つづいて水。この頃、ワインよりも水に関心があるので、シェ リュックの豊富な水のメニューをながめて迷った挙句、イングランドはハンプシャーのヒルドンを選んだ。硬水だけどきつくない。ぱっと味わった感じでは、まったく味がない。癖もない。が、飲んでるうちに、その存在感がじわじわ効いて来る。まろやかで飲みやすい水ながら、料理の相棒として役に不足はなく、酒などなくても十分である。ふだん買って飲んでいる水の5倍以上の価格ながら、値段分の価値は十分にあると、手許不如意の身でも納得してしまう。命の洗濯という言葉はこの水のためにあるのかという気さえする。
無農豚
さいごにメイン料理では無農豚ロースのグリル ・ フレッシュトマトのソース(2,100円)。自然農法で育てた豚だが、こんなにおいしい豚肉はめったにない。トマトのソースが絶妙で、いくらでも食べられそう。
ちなみに、シェ リュックに行く場合は、絶対に電話で予約しておいたほうがいい。今日も予約してなかったら満席で入れないところだった。和食にも通じるようなさっぱりした感覚の、虚飾を排したフランス料理の店というのは大阪でもきわめて珍しい。派手さはないが、食の実質的満足と洗練を求める人向き。
水と料理を合わせる
「日経レストラン」2005年6月号にシェ リュックの水のことが出ている。
”野菜好きは水を好むワインのように嗜む”
フレンチレストラン「シェ リュック」(大阪・なんば)では、常時20種以上の水を揃え、料理と合わせるという新しい楽しみ方を提案している。「例えば、肉やバターを使った魚などパンチのある料理には、岩の味がする天然水系の硬水を。前菜やサラダにはさわやかで軽い味わいの軟水を合わせると、互いの味が引き立つんですよ」とオーナーシェフの松尾洋一氏。まるでワインを語る口調。「それだけ水にも味の違いがあるし奥深いんです」と話す。(山田治奈)(日経レストラン2005年6月号「ボイスハンター」より〔後略〕)