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タマリンドの木のかげに


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池澤夏樹タマリンドの木』 (impala ebooks, 2014)[電子書籍版]



 池澤夏樹が1991年に発表した小説。まだ、新東京国際空港といったころの話である。2000年代の世界史上の大事件、九・一一も三・一一も起こる前のことである。けれども、いま読んでも、考えさせる点をふくむ。というより、この小説は今こそ読まれるべきではないか。

 物語は男と女の関係を主軸とする。ともに独身。男は海外セールスも担当するエンジンのエンジニア。女はタイの難民キャンプではたらくヴォランティア。

 ふつうだと、こういう男女に接点はない。だのに、奇遇と、さらにある時点からはお互いの意思とにより、ふたりは接近する。しかし、安定した東京のサラリーマンと、不安定な東南アジアの紛争地域の奉仕者とでは、立場や境遇が違いすぎて、読者は幸せな結末を思い描くことが困難である。

 しかし、小説の冒頭で、すでに結末は暗示されている。どういうことか。

 さらに、男女の間では一方的な思い込みはあり得ないことが、丁寧に描かれる。端的には、ある時点で、男は女に捨てられたと思う。が、よく考えれば、同時に、女が男に捨てられたともいえることに気づかされる。女は自分がタマリンドの木のかげから離れられないのに対し、男は自由に外の世界を飛び回っているという。その意味で、女のほうこそ、捨てられていると。

 また、ディーゼル風力発電の話を通して、現代のエネルギー問題、日本とアジア、日本と世界などの問題に思いをいたす。東京の男女という場合なら、あるいは恋愛のみでも成立するかもしれないが、本作品のようなケースだと、男女の問題は、そのまま、今日の世界でどういう生き方を選び取るかを迫るものともなる。そこでいかにも現代的なのは、最初の決断は女のほうで、ついて行くかどうかの決断を迫られるのは男のほうだということである。

〔本書を評者は Yondemill 版で読んだが、多くの電子書店で入手可能。書店の一覧は次のところにある。

http://www.impala.jp/e-books/tamarind.html


池澤夏樹『タマリンドの木』(kobo版) 432円