横山秀夫、入魂の一作
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横山 秀夫『64(ロクヨン)』(文藝春秋、2012)
横山秀夫が持てる小説技術を全部ぶち込んだ観がある。
書き方に唸らされた箇所が40以上あった。もともと「別冊文藝春秋」に11回にわたって掲載された長大な小説を、単行本化にあたり、全面改稿し、結果的に1451枚の書き下ろしになったという。
それだけの手をかけたのなら、今後、この規模の長篇ミステリに一つ望むことがある。巻頭に登場人物表を設けてほしいのだ。海外のミステリ小説などだと、今や当たり前の読者サービスだ。人間関係が複雑で、しかも、その人間関係を忘れるとプロットが追えなくなる。それでなくても構成が複雑で、警察署内の組織的問題にくわえて、未解決事件の謎もからまる。
ミステリだからプロットについては殆ど書けないが、舞台はD県警だ。つまり、カウントの仕方にもよるだろうけれど、『陰の季節』(二渡調査官が出てくる)、『顔』に続く、D県警シリーズ第三作。主人公は広報官・三上義信。実は、このフルネームは本作で二回しか出てこない。人物リストつけてよ、ほんとに。警察の階級つきで。
三上は「警務の皮を被った刑事」と言われるくらい。つまり、表向き、広報という警務部(警察の事務部門)の仕事をしているが、魂はかつての職場、刑事部に置いていると、皆から疑われている。階級が警視。つまり、警部より上。ああ、人物リストだけでなく、警察の職階表や組織図もつけてほしい。交番に落し物を届けるくらいしか縁のない人には警察組織の構造がピンとくると限らない。
だけど、本作の肝の一つがまさに組織の論理なのだ。組織と個人。古くて新しいテーマが底流にある。この組織は古傷をかかえている。数々の未解決事件と、その影に隠された無数のミス。組織の失態は組織で隠す。しかし、警察にとってはそれでよくとも、事件の被害者、関係者はそれでは浮かばれない。D県警内で昭和64年に起こった誘拐殺人事件が時効寸前に息を吹返す。といっても、捜査の進展とかでなく、警察庁長官の視察という形での復活だ。その視察を成功に導くために広報官・三上が奮闘する。だが、三上はそもそも、事件の最初期の捜査に関わった刑事だった。
という具合に、小説は息もつかせぬ怒涛の展開でぐいぐい引っぱる。第一級の小説だ。