塩川 伸明、沼野 充義、宇山 智彦、小松 久男 編『ユーラシア世界1 〈東〉と〈西〉』(東京大学出版会、2012)
ユーラシアについて人文社会系諸学の最新の知を集め21世紀以降の世界を展望する視座を提供する、意欲的なシリーズ「ユーラシア世界」(東京大学出版会)全5巻の第1巻に収められた、安岡治子「ロシア文学における東と西」について。
ロシア正教の世界観を軸に、ユーラシア的精神文化の系譜をたどる。取上げられるのは、ロシアの文学と正教神学、および宗教哲学である。
まず、チュッチェフの詩を取上げる。つぎに、その正教的ロシアの詩を好んだドストエフスキーの作品を例として挙げる。触れられるのは、『作家の日記』『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』など。ドストエフスキー作品の鍵を握る「リーチノスチ」(真の個我)とユーラシア主義の理念について言及する。神学については、ホミャコフやグレゴリオ・パラマス、宗教哲学としては、ソロヴィヨフやフョードロフらに触れる。
後半は、ロシア=ユーラシア概念を考える恰好の材料として、トルクメニスタンが舞台のプラトーノフの中篇小説『ジャン』について論じる。カミーユ・フラマリオンの著書にある挿絵から『ジャン』冒頭の絵が持つ意味を解き明かすところや、隠されたゾロアスター教の伝説など、多くの洞察を含む。
『ジャン』を考えるうえでも大変参考になるが、何と言っても前半の正教とユーラシア精神文化とを結びつける考察が圧巻である。ユーラシアと世界との関係について、精神文化の面からきちんと考える場合の基礎的論考として、非常に優れている。
〔カミーユ・フラマリオンの本にある図〕