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梨木香歩作の蟹塚の縁起物語に木内達朗の絵を添えた絵本


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梨木 香歩、木内 達朗 絵『蟹塚縁起』(理論社、2003)



 宮沢賢治作の物語(「氷河ねずみの毛皮」)に添えた木内達朗の絵を見初めた梨木香歩は、十年後に、念願を果たす。自作に木内の絵を描いてもらったのだ。読者としては、この幸福な結びつきにお礼を言いたい心持ちである。素晴らしい絵本だ。絵本といっても、児童のみでなく、大人にも読みごたえがある。

 蟹塚の縁起なるものは日本全国にいろいろあるようだが、本書の物語は、おそらく梨木の創作ではないか。類似の物語がちょっと見当たらないからだ。

 主人公の農民とうきちが、名主の息子にむごい仕打ちを受けていた蟹たちを助けてやる。蟹はとうきちに恩返しをする。名主に取上げられた牛を取戻そうとするが、牛をつなぐ鉄の輪は蟹のハサミでは歯が立たず、何百という蟹が死んでゆく。もういいよと思い始めたとうきちの脳裏に旅の六部(りくぶ、全国の霊場法華経を納めて回る行脚僧)に言われた言葉がよみがえる。とうきちが前世、何千もの兵を率いた武将であったことを告げたあと、最後に「あなたがその恨みを手放さぬ限り」と言ったのだ。

 この物語の特徴は三つある。第一に、人と蟹との交流譚であること。日本昔話の類話と見える。

 第二に、前世からの因縁の話であること。前世で武将として多くの兵を死なせたことと蟹たちの犠牲とが重なる。

 ここまでは、とりたてて変わった要素でない。だが、第三に変身の要素がある。それが二重なのだ。兵が蟹になるだけでなく、蟹が押し掛け嫁になる。

 さらに、とうきちと名主の対立も前世からの因縁の様相を帯びだす。こうした複雑な要素がからみ合い、蟹塚がつくられた由来が語られてゆく。

 梨木の文章と、木内の絵とが、読者の想像力を喚起し、物語の幻想性を高める。特に、いくつかの木内の絵は、息を呑むほど素晴らしい。絵本の『氷河ねずみの毛皮』をも上回るほどの傑作。