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想像の本質を数学的に解き明かす


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理山貞二『〈すべての夢|果てる地で〉』(創元SF短編賞受賞作)(東京創元社、2012)[Kindle版]



「いままでSFを読んできてよかった」と思わせてくれる作品と、大森望は評したが、同感である。

 あるいは読者を選ぶかもしれないが、SF読者なら、この作品は読んでおかないと損をする(かもしれない)。どのジャンルを好む人であれ、想像の本質について考えたことのある人なら、きっと得るものがある。SFの世界を一歩、前に進めるだけの洞察にあふれている。

「(想像とは)ヒルベルト空間上の他の場所〔略〕を観測する行為」であるというテーゼにからむ冒険を三つの世界(日本、米国、ポーランド)で展開する短篇。「ヒルベルト空間上の他の場所」とは「他の並行世界」のことと、大森は註釈する。

 短篇の中によくもこれだけの世界を凝縮できたというくらいの目くるめく作品で、先行する数多くの作品からの目に見えない引喩に満ち満ちている。中でもオーウェルに対する思索のあとは感動を呼ぶ。

 物語はある日本人少年Kが、量子的に交差する世界から訪れた三人の自律機械に誘われ、世界の中心にある量子コンピュータを探し求めるというもの。理論的には難解な部分をふくむが、最後まで読むと報われる。

 創元SF短編賞の第3回受賞作(2012)。選者たちの選評が読めて、日本SFの流れがよく分かる。


〔補足〕
 上の物語要約は簡略にすぎるので、プロットの最初の部分だけ、以下に補足する。

理山貞二〈すべての夢|果てる地で〉
プロット
1 問い
 場所。桂のマンション住居。桂は個人投資家。いま留守。Kがいる。そこへケーブル会社の工事を装い男たちが侵入。投資コンサルタントのG&G(グリークス&グラクソン)に雇われた組織「殺X」である。Kが縛られ尋問される。桂のモニタの陰からフォッグが現れ、脅す男を退治する。

 フォッグが三匹いる。フェルミ粒子で構築された自律機械。

 Kはフォッグがいう”世界の中心”を探している。それは量子コンピュータである。だが、桂のPCにあったのはごく限定的な量子演算のコーディングだった。

 Kはフォッグに報酬を要求する。報酬は話である。

 今回は真実の物語を求める。フォッグたちがどこから、何のために来たのかについての。

 話はA5サイズの本にフォッグの一人〈問いのアーサー〉が入り込み無限生成される。フォッグが秘密の書架から取り出す驚異の物語の一つである。

〈問いのアーサー〉の物語━━人類の文化と歴史をすべて記録した生きた図書館の〈館長〉がいる。人工知性だった。想像力を持つ知性。量子コンピュータであった。〈館長〉は無数のサブ知性━━司書を使役して情報の分析を行う。あるとき、〈館長〉に対する人類からのアクセスが失われた。来館者のない空白の時代がつづく。そこへ微弱な信号が到来する。解読の結果、三種類の言語から成ることが判明する。いずれも人工言語。これらの謎の種族の挙動を仮想環境で観察した結果、高確率で図書館の破壊または改竄を試みるであろうことが分かった。これまで蓄えた人類の歴史が失われる危機である。対策の検討の結果、量子脳理論に耽溺する〈飛躍のロジャー〉と呼ばれる司書の提案が採用される。想像を彼らへの対抗手段とするというものである。想像とはメモリ上に仮想を展開することでなく、「ヒルベルト空間上の他の場所、いわば別の場所を観測する行為」である。それを〈館長〉は量子演算により行っていると。〈館長〉は司書たちにロジャーの提案を議論させる。そこではディラックのブラ=ケット記法による量子方程式が多用される。ちなみに、本書のタイトルもブラ=ケット記法である。

〈Qb|Qa〉=0

これは量子状態のQaがQbに遷移する確率がゼロである特殊解を示す。右辺はファインマンによる経路積分である。この式は「ブラ=ケット記法で表された二つの量子ベクトルが直交すること」を表す。

 宇宙を量子状態と考え、それをベクトルで表すと、上の方程式により二つの宇宙の直交状態が表せる。あるベクトルと特定のベクトルとの間に粒子の相関関係━━量子もつれが成立することがある。「想像の本質は、この量子もつれを利用した観測である」というわけである。

 そこで、我々の宇宙と直交する宇宙━━内積がゼロになる宇宙として、量子コンピュータを選んで、そこへ我々の情報を送れば、我々はその世界に脱出できることになる。その対象は館長と同規模の記憶容量を持ち、同規模の演算力を持たなければならないが。対象は侵略に備え堅固な防御体制にあり、その世界を支配していることが望ましい。その意味で便宜的に世界の中心と呼ぶ。そういうものを探そう。

 こうやって、司書たちは探索を開始する。

 以下、略。