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半世紀前の自分に追いつき『かもめのジョナサン』の真の姿が世に出ることに


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Richard Bach, Jonathan Livingston Seagull: The New Complete Edition (Scribner, 2014)



 著者リチャード・バックが自分の飛行機の着陸事故で臨死体験をしたのが2012年8月31日のこと。当時、著者75歳。

 それがきっかけで本書の幻の最終章が日の目を見た。半世紀の間、忘れていた原稿である。

 その原稿を発見したのが(三番目の)妻サブリナ。リチャードより34歳年下である。

 著者が本書の最初の出版時(1970年)にこの第4章を出版社に渡さなかった訳が、今回の完全版の後書きにある。それによると、著者としては3章まででジョナサンの話(ジョナサンという名のかもめが群れの掟に同調することを拒み自由な生を追求する物語)は完結しており、第4章は不要だった。というより、3章までに語られる喜びを台無しにするような4章の展開が自分でも信じられなかった。あり得ないと思った。

 その考えは妻が見つけた原稿を彼に渡したときも変わらなかった。妻が “You need to publish it.” 「出版すべきよ」と云っても彼は “It’s a little late. It’s an antique, now.” 「もう遅いよ。今となっちゃ古い」と抵抗した。それでも妻が諦めず “Send it to the publisher. Antique or not. She needs to see this.” 「出版社に送って。古かろうとなんだろうと。彼女はこれ、見るべきよ」と云ったお陰で、彼は出版することを決意し、最終的な編集を加えて出版社に送った。その結果が本書である。米国では電子書籍版が先行発売された。日本では前の書と同じく五木寛之訳で2014年6月30日に、米国に先駆けて出版された(東京都内では6月27日頃から書店に出回っていたらしい)。

 自分で書きながら著者が4章を当時理解できなかったこと。ふしぎといえばふしぎだが、そのわけについて、こう書く。

Imagination is an old soul.


創作の神秘にふれる貴重な発言である。著者自身でも説明不能な部分である。「古い魂」たる想像力が考えたこと、信じたこと、当時の自分には受入れられなかったこと、それを理解するのに半世紀の時を要したのである。

 だけど、そんなことが作家に起こることをぼくたちは知っている。ガルシア=マルケスだって、『百年の孤独』の冒頭の一文を書いたとき「この一文が何を意味し、どこから生まれてきたのか、さらにどこへ私を導こうとしているのか見当も」つかなかったというのだから。

 4章を本来の位置にいれて出版する決断は正しかったか。読者により受取り方は違うだろう。評者は最後の一行を読んだとき、サブリナの直観に感謝した。おそらく著者も感謝していることだろう。

 その内容について書くことはできない。作者の心の中にある一種のミステリの謎解きになってしまうから。


〔サブリナが発見した原稿〕